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Friday, July 01, 2016

映画『葛城事件』

【7月1日特記】 映画『葛城事件』を観てきた。岸田國士戯曲賞受賞者の赤堀雅秋監督。前作の『その夜の侍』が素晴らしくて、ひょっとしたらキネ旬ベストテンに入るのではないかと思ったのだが、結果は第16位だった。

今回も似たようなトーンの作品である。全編を通じて浮かぶ表現は「殺伐」である。そして、「すさんだ心」である。

登場人物は全員おかしくなっている。全員が自分のすさんだ心をコントロールできないでいる。よくもまあそんな行動を取るなあと見ていて呆れるのだが、でも、絶対にこういう人はいる。

人間のアンバランスさをあまりに的確に見抜いて、圧倒的なリアリティがあるのである。

主人公は金物店を営む葛城清(三浦友和)。痛ましいほどに古い時代、旧い社会の「男性性」を体現する男である。家族に対する愛も責任感も人一倍ある。しかし、その気負いが空回りして、結果的には家族を追い込んでしまう。

特に出来の良い長男と比べて、小さい頃から根気がなく何事も長続きしない次男に対しては苛立ちを覚えているのだが、その実どのように接したら良いのか全然分からないのである。

三浦友和がそういう不安と裏返しの高圧的な態度を見事に演じている。終盤に掛かるほど狂気を帯びてくる。これは三浦友和の代表作になるだろう。

長男の保(新井浩文)は小さい頃から良い子だった。それだけに父親は自分の店を継がせずに、大学を出して立派な勤め人にしようとし、本人もその期待に応えた。だが、入った会社の営業職は彼に向いていなかった。

結局リストラされてしまうのだが、彼は妻(内田慈)にも打ち明けられず、毎日会社に行く振りをして、公園でクロスワード・パズルをしている。たまに、就職の面接に行っても、緊張のあまり自分の名前も言えない。

新井浩文にしては随分弱くて大人しい役柄である。むしろ次男の役のほうが彼のイメージに近いように思ったのだが、舞台では彼が次男を演じていたのだそうだ。それを考えるとこの役者の演技の幅が如何に広いかが判る。

次男の稔(若葉竜也)はまさに父親による抑圧に潰されてしまう。父に対する反感と兄に対する劣等感に苛まれて、心が捻じくれて頭が破綻してしまう。人を殺しておいて言っていることが無茶苦茶なのである。

しかし、彼の中では全く矛盾がないような表情。──この若葉竜也はオーディションで選ばれたらしいのだが、見事な嵌り役だった。人間って、壊れてしまうとここまで行ってしまうのか、という感じ。

稔は長らくプー太郎生活をしていたが、当てのない「一発逆転」を夢見て逆に心がすさむ一方で、挙句の果てに8人もの人間を無差別に殺して、死刑判決を受けるのである。そして、その結果、殺人鬼の父として清が世間から冷水を浴びせられるのである。

冒頭は清が自宅の塀一面に書かれた「人殺し」などの文字の上からペンキを塗っているシーンだ。『バラが咲いた』を口ずさみながら。──ものすごいオープニングである。

そして、清の妻の伸子(南果歩)はちゃんと自己主張ができない人。夫の横暴の前に曖昧な表情でただ従うことしか知らず、そのストレスに耐え切れなくなってしまい、結婚何十年も経ってから夫のことが最初から嫌いだったことに気づく。

この南果歩の弱い女も見ていて苛立つほどにリアルで、もうこの映画ではどの役者が賞を獲ってもおかしくないと思う。

そういう家庭にさらにややこしく絡んでくるのが星野順子(田中麗奈)である。彼女は葛城家とは何の縁もゆかりもなかったが、死刑制度に反対する立場から稔に接近し、なんと獄中結婚してしまう。世間からは白い目で見られているが、正義感に燃え、ひるむことがない。

この極端な人物設定にさえ、本当にこんな人がいるような気にさせるところが、赤堀監督自らによる台本の凄みなのである。人間の弱い所、醜い所、辻褄の合わないところをグサッと突いて来る。

カメラは序盤では細かいカットで繋いでいたのが、中盤以降固定の長回しが増えて、役者の演技を存分に見せてくれる。これはボクシングで言うなら、フットワークを止めての打ち合いである。役者と役者の殴り合いである。

そして、前作に引き続いて、汗をうまくあしらっている。汗に涙が混じるシーンもある。それから、刑務所の面会部屋で両者を隔てるアクリル・ガラスにうっすらと映る稔と順子の影。そういう演出も巧い。

救いなんかない。結末さえもない。生きるってそういう残酷な作業なんだと言っているような気がする。

それでも空々しいハッピーエンドなんかよりも遥かに大きな優しさを(あくまでうっすらとではあるが)感じる。これはすごい映画である。

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