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Friday, June 10, 2016

映画『ヒメアノ~ル』

【6月10日特記】 映画『ヒメアノ~ル』を観てきた。

この映画が前半と後半で印象がガラリと変わることは予告編を見て知っていた。

前半は無邪気にコメディと言っても良い内容である。その中心は安藤さん(ムロツヨシ)である。いい年をしたフリーターで、現在は清掃業のバイトをしている。

他人と話すときに決して目を合わせない態度、どこか気持ちの入っていない棒読みみたいな喋り。頭のネジがどこか外れた感じで、対人関係が上手くさばけない。しかし、喋っている内容は脳天気に希望に満ちている。―そんなムロツヨシを見ているだけで笑えてくる。

その安藤さんが清掃会社の同僚の岡田(濱田岳)に、実は恋をしていると告げる。恋の相手は仕事場近所のコーヒーショップの店員・ユカ(佐津川愛美)。安藤さんは岡田に仲を取り持ってくれと頼むが、岡田は「若いし可愛いし、動物の種類が違うから無理」と尻込みする。

しかし、そこは空気読めない分だけ妙に押しの強い安藤さんと、とにかく無類のお人好しの岡田の組合せなので、結局岡田が安藤に請われるままに間を取り持つことになる。

で、これは予告編の中にもあったシーンなので書いてしまって構わないと思うのだが、岡田が必死に愛のキューピッド役を務めようとしていたら、ユカから自分が好きなのは岡田だと告白される。

岡田は嬉しいものの、安藤さんへの気兼ねから断ろうと思うのだが、ユカから「黙っていればバレない」と言われて結局隠れてつきあい始める。しかし、すぐに安藤さんにバレて、安藤さんがまた発狂したみたいな反応を示して...。

―と、この辺りは、台詞回しの上手い吉田恵輔監督の脚本(今回は単独)ということもあって、面白くて仕方がない。いつも通り細かいところがリアルで、見ていて何度も笑える。

で、ここにもうひとりの人物が出てくる。岡田の高校時代の同級生・森田(森田剛)である。

彼もまた安藤さん同様にイカれてる。ただ、安藤さんの壊れ方が先天的な感じなのに対して、森田は高校時代にいじめにあった経験が人格を崩壊させてしまったのである。「イッちゃってる」キャラなのに「キレた」感じはなく、無表情で嘘つきで、そこが却って怖い感じがある。

その森田がまたユカに好意を抱いている。安藤さんはストーカー的な粘着性を発揮するのに対して、森田は文字通りのストーカーになる。森田が登場してからはさながらバイオレンス・ホラーである。

で、予告編を見て、後半からガラリと雰囲気が変わるのだと思っていた(後半の構成を変えてくるのは吉田恵輔監督お得意の手法である)のだが、そうではなく次第にどんどん怖くなって行くのである―森田の人物像が描かれ、過去が暴かれ、そして今の日常の暴虐性が描かれるに従って。その構成がとても怖い。

もうひとりの元同級生で、森田の暴力の餌食になる和草(駒木根隆介)とその恋人・久美子(山田真歩)の最期が痛々しい。

バットで殴り続けられて失禁する久美子の臀部とか、ガラスが破られて鍵を開けられていることを隙間風で気づくところとか、ほんとに怖いシーンが次々に出てくる。

そして、怖くないほうのストーリー展開である岡田とユカの話では、女性経験の浅い岡田がユカの経験の深さに引け目を感じる(嫉妬するのでも許せないのでもなく、いじけてしまうのである―若いころの体験として非常によく解る)ところなど、いつもながら人間の弱いところ、嫌なところ(そして可笑しいところ)を描くのが本当に上手い監督である。

そういう意味では、監督自身もはっきり意識しているように、古くからの監督のファンにとっては、ここのところの3作(『ばしゃ馬さんとビッグマウス』『麦子さんと』『銀の匙』)はやや良い話すぎて物足りない感じがしたのである。僕は彼の作品を全部観ているが、やはり最初の3本(『机のなかみ』『純喫茶磯辺』『さんかく』)の意地の悪さが好きだった。

ただ、原作の漫画を少しずつアレンジして、如何にも吉田監督らしい「面白い反面、嫌な感じ」を注入しながら、最後は(原作に大きく手を入れたらしいが)見事な救いとなる設定とストーリー、そして短いカットを入れて、今までの吉田作品にはなかった後味の良さを醸し出している。今回のこの手際には正直舌を巻いた。

ある意味で「後味の悪さ」が売りであった吉田恵輔が、3本の「良い人」の映画を経て、嫌な感じの中に後味の良さを注入するという技を覚えた気がする。弁証法的な発展である。

昔から好きな監督だけど、この人まだまだ伸びるのではないかな。

僕が大好きな、この監督特有の奥行きが深い構図は、今回あまりなかったように思うが、その代わり芸達者な役者たちの、それぞれに見事な演技が光っていた。

ムロツヨシの職人芸的な笑いはもちろん、濱田岳のいつも通りの自然なおかしさ(今回はそれに加えて瑞々しいラブ・シーンもある)、森田剛の静かな不気味さ。

そして何よりも今回は佐津川愛美の熱演が光っていた。若い頃から知っているだけに、彼女がここまで大きな女優になったことを大変嬉しく思う。この作品は彼女にとって『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』に次ぐブレーキング・ポイントになるのではないだろうか。

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