『ジョージ・サンダース殺人事件』クレイグ・ライス(書評)
【6月28日特記】 僕はクレイグ・ライスの大ファンで、彼女の作品はほとんど読んでいる。
ミステリの作家ではあるがシリアスな作風ではなく、所謂スクリューボール・コメディと言われる、如何にもアメリカらしい、減らず口から皮肉や茶化しが溢れ返る喜劇である。
だから、正統的なミステリ・ファンが読むと、「なんだ、これは?」と思うかもしれない。
時としてトリックや謎解きの妙よりも、トリックにうっかりひっかかってしまったり、お門違いの推理をして泥沼にはまったり、それを突破するためにあまりに無茶苦茶な手段に訴える主人公のドタバタのほうが面白かったりするのである。
だから、ライスは、この文章をここまで読んで興味が湧いた人だけが読むべき、いや、ひょっとしたら興味が湧いた人しか読んではいけない作家であると言えるのかもしれない。
ライスには別名義で書いた作品も多いのだが、そんな中でもこの作品はひときわ変わっている。
作者名はジョージ・サンダースで、主人公の名もまたジョージ・サンダースである。しかし、これはライスが勝手に名前をつけた架空の人物ではない。
ジョージ・サンダースは実在するハリウッド映画のスターであり、この小説はその映画スターが自分自身を主人公にして書いたということになっている。もちろん主人公は実在の俳優と同じ経歴(出演歴)を持っている。
出版当初は、当然のことながら、ライスがゴーストライターであることは伏せられており、俳優が初めて書いた割には面白いというのが世間の評価であったらしい。
で、この辺りがライスらしいいたずらなのであるが、本文の前には「クレイグ・ライスに。彼女なしには本書は成立しなかったろう」という献辞が添えられており、またシカゴ・デイリー・ニューズ紙にはライスが選んだその年のミステリ・ベスト10の記事が載っており、この作品を激賞していたのだとか。
これはそういう作品である。面白いのはやはりトリックや謎解きではなく、アメリカン・ジョークに溢れた会話であり、その会話を発する人物の設定である。
飽きっぽいことで有名だったジョージ・サンダースは、小説の中でも自分のヒット・シリーズである探偵ものに飽き飽きしている(僕はこれを読んで小男の弁護士マローン・シリーズに出てくる、「本当は警官なんかになりたくなかった」みたいな泣き言ばかり言っているダニエル・フォン・フラナガン警部補を思い出した)。
しかし、そのくせ自分が演じた名探偵のイメージを壊したくないジョージは、素人のくせに殺人事件の犯人探しに奔走し、しかし、素人なのでそう容易には真実にたどり着かず、逆にどんどん窮地に陥る。
だが、時々彼を救うのは、彼が趣味でやっているものすごく怪しげな発明である──という辺りが如何にもアメリカン・コメディではないか(笑)
実際にライスはハリウッド映画の台本も何本か書いているが、読んでいるとまさにハリウッド映画の映像が思い浮かぶような小説である。扱っているのがハリウッドの映画界であるだけにますます相性が良いのである。
俳優業に飽きたジョージ・サンダースが、小説を出版したくなってライスを代筆に立てたらしいのだが、そういう背景を皮肉るような構造のストーリーになっているところもライス一流のジョークである。
これはそういうジョークを楽しむ作品である。今回の謎解きは彼女の作品の中ではそれほど程度の低いものではないと思うが、そういうことではなく、あくまでジョークとユーモアを楽しむ作品だと僕は思っている。
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