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Wednesday, June 29, 2016

ありがとう、僕の人生に参加してくれて

【6月29日特記】 僕が勤めているのは放送局だということもあって、会社にはいろいろな個性がいる。

僕の同期のひとりなんぞは、大学院でテクノロジーと芸術の両面から音を極めた、つまり音響学だけではなく音楽的な面から見ても音の専門家と言える人物であった。

技術職で入社してからはもちろん音声だけではなく、他の担当もやっていたが、やはり本職は音響で、自分で新しい装置を開発して賞を受けたり、番組の BGM を作曲・演奏・録音したりもしていた。

そういう人は決して「単なる変人」ではないのだが、ま、でも、ある種変人であるとも言えるのであって、我々凡人はついつい除け者、外れ者扱いしてしまいがちなのである。

その彼も、社内では結構そういう目で見られてきた。でも、音の専門家として、今では彼はその道の有名人であり、達人である。

入社した年に、何人かの同期と一緒に彼の家に遊びに行ったことがある。そこには壁一面に機材が並んでいた。これは今で言うラックである。恐らく僕が人生で最初に見たラックだったのだと思う。

そこに並んでいた一つひとつがコンピュータだったのかアンプだったのか、はたまた他の機械だったのか定かではないのだが、その部屋で僕らは彼がアレンジした『君に、胸キュン。』を聴かされた。当時のシンセサイザー特有の、なんだかピコピコした音だった。

そして、その時ではなく、多分入社してすぐのタイミングだったと思うのだが、彼は同期全員に、彼が自作・自演・録音した自主制作の LPレコードをくれた。

そのタイトルが『ありがとう、僕の人生に参加してくれて』──なんとダサいタイトルだろう、と当時の僕は思った。

でも、年を取ってきて、最近になってなんだか急にそのタイトルを思い出して、なんだか良いな、と思うのである。

ありがとう、僕の人生に参加してくれて──僕の周りの、僕と接点のあったすべての人たちは、僕からすれば僕の人生に参加してくれた、僕の人生に加担してくれた、僕の人生に影響力を行使して、僕の人生にヒントと、そしてひょっとしたら勇気をくれたありがたい人たちなのである。

あのアルバムはもう手許にはない。親父が仕事に失敗して担保に入っていた家が銀行に取り上げられ、競売にかけられたときに、レコードを取りに行く暇がなくて、家と一緒に誰かに買われてしまった(そして、恐らくすぐに捨てられてしまった)のである。

残念ではある。でも、あのタイトルが三十何年経った今になって、漸く僕を元気にし、僕に勇気を与えてくれるのである。

ありがとう、僕の人生に参加してくれて。そして、逆に、できれば僕自身も他の多くの人たちの人生に参加できていたなら良いのになあ、と思う今日このごろである。

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