『ネット炎上の研究』田中辰雄・山口真一(書評)
【5月11日特記】 この本は近年話題になることが多い炎上という現象のトレンドを読みやすくまとめたようなものではない。これは主に定量的な分析に基づく正真正銘の学術研究書である。
──我々が今必要なのはこういうアプローチだったのである。
これまで自分の乏しい経験に基づいて何となく印象論で語ってきたことが恥ずかしくなる。正しい手法で集められたデータを正しい手法で分析してみると、こんなにも違うイメージが浮き上がってくるのである。
学術研究書であるからには、それほど与し易い本ではない。とても理解できないような難しい数式も出てくる。しかし、記述の仕方は極めて分かりやすい。
時間がない人は「はじめに」と題された冒頭の4ページだけを読めば良い。これがそのままこの本のまとめになっているからだ。
冒頭だけではない。どの章でも最初にまとめが書いてあって、そこから細かい分析や証明、補足、例示などが続いていて、すらすらと頭に入ってくる。そういう手法によって炎上が起こるいろんな仕組みや構造が次々と明らかになるのだ。
その中でも一番目から鱗だったのは、本の帯にも書いてあるように、「炎上参加者はネット利用者の 0.5%だった」ということである。
炎上という現象は、それを受けた側からすれば、世間が一体となって自分を非難しているかのように思えるのだが、実のところはごく一部の特異な人たちが何度も何度も繰り返し書き込みをしてるにすぎないということが判る。
そして、今まで「定収入、低学歴、独身のネット・ヘビー・ユーザー」とイメージで語られてきた攻撃者のプロフィールは全然違っていたということも判明する。
この本は学術的なアプローチで、炎上の内実を次々に紐解いて行く。我々の思い込みは否定され、そのことによって、我々の炎上対策は新しいフェーズに入る。
インターネットは元々学術ネットワークであったので参加者のリテラシーは高いことが前提になっており、そこに一般人が大量に流れ込んで来たことが昨今の炎上の遠因であると、著者は位置づけている。これもなるほどという分析である。
しかし、著者は「炎上しやすい話題にはできるだけ触れない」という方策については必ずしも賛成せず、被害を受けた人たちが炎上を恐れて情報発信から撤退することが余計に社会の歪みに繋がるという指摘もしている。
また、「批判に耐えられるような強い人間だけがソーシャル・メディアを使えば良いのだ」という意見にも与しない。自由主義社会の原則から、発信規制にも反対の立場である。
その上で、炎上はネット社会に不可避的なものでどうしようもないのではなく、解決されるべき課題であると捉えている。とてもポジティブな立ち位置ではないか。それには大きな感銘を受けた。
著者なりの、炎上が起こりにくいシステムの提案もある。そして、その提案の中での「現在の SNS は人間関係を“つなぐ”ことには熱心だが、人間関係を“切る”ことにはまったく無関心である」という問題提起にははっとさせられた。
そして、素晴らしいことに、最後には「付録 炎上リテラシー教育のひな型」と題したマニュアルめいたものまで用意してくれている。
具体的な炎上の事例も多く取り上げて、大変説得力のある書物になっている。多くの企業や個人がこれを読んで、間違った炎上対策を取らないようになることを望むばかりである。
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