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Saturday, May 14, 2016

映画『世界から猫が消えたなら』

【5月14日特記】 映画『世界から猫が消えたなら』を観てきた。

この映画は予告編の公開が早かったので、今日までに何十回見たか分からない。でも、この映画の予告編はこの映画の内実をほとんど語っていなかった。

一応良いシーン、良いカットを繋ぎ合わせてはあるのだが、それだけでは設定もストーリーも、いや、それ以前にこの映画がメロドラマなのか、ミステリなのか、ファンタジーなのか青春ドラマなのか、それさえも見当がつかないのである。

それはもちろん、意図的にそういう宣伝の手法を採ったのだろう。僕は予告編で何度も何度も佐藤健と宮﨑あおいと猫の姿を脳裏に焼きつけられ、何だか分からない不思議なタイトルに惹かれ、まんまとその策略に乗せられて公開初日に映画館に足を運んだ。

監督の名前に記憶もなかったのに──僕としては珍しいことである。

調べてみると、監督は永井聡。元々は CM監督である。そうか、この予告編は CM の感覚とテクニックを総動員した瞬発力勝負の作品だったのだ!

で、僕は彼の映画(しかもデビュー作を)観ているではないか!──『ジャッジ!』。そうか、あの監督だったのか。しかし、あのコメディ・タッチの作風とは僕の中でしっかりと繋がらない。

それは監督が多才であることの証かもしれない。

ストーリーはこうだ:

主人公の「僕」(佐藤健)はある日突然、自分が脳腫瘍で余命幾許もないことを知らされる。うなだれて家に帰ると、そこに自分と瓜二つの男がいる。「死神か?」「悪魔か?」と訊いてもまんざら否定しない。

その男が「毎日ひとつずつ、この世から何かを消すことに同意すれば、そのたびに1日ずつ寿命を延ばしてやる」と言う。

しかし、彼は「僕」にとってどうでも良いパセリとかルービック・キューブとかではなく、「僕」の大切なもの、思い出が詰まったものばかりを消そうとする。

もうお気づきだと思うが、消されるもののうちのひとつが猫なのである。

「僕」が飼っている猫一匹だけを消すのではない。この世から猫という存在を全て、人の記憶も含めて消してしまうのである。

「僕」はそれらが消えてしまうまでのたった1日の猶予期間にその物の使いおさめをし、その物に関して思い出を共有する人を訪ねようとする。

このドラマは「僕」がそんな風にして死と向き合う話である。

脚本は誰だろうと思ったら、エンドロールで岡田惠和というベテランの名前が出てきた。

客を驚かすようなところはあまりないが、しっかりと文法を踏まえた、しっとりとした良い本だったと思う。

ただ、大事なシーンではずっとピアノ曲が鳴りっぱなしという演出は、ちょっと姑息な気がしないでもない(笑)

このドラマから何か教訓を読み取ろうとするのは容易いことだ。でも、そんなに急がず、まずはじっくりと味わうことを心掛けるべきではないだろうか。

映画が終わってからもう一度ゆっくりと反芻して、いろんなことを考えてみれば良い。

滝とか殺人とか、そういう大きな仕掛けに騙されるような部分もある(その辺りはまことに CM的)のも確かだが、じっくりと味わえる映像だった。

佐藤健のニ役の演じ分けが上手く、改めてこの役者の実力を知った。宮﨑あおいについては改めて言うまでもないが、本当に素晴らしい女優である。

それから「僕」の親友で映画オタクのツタヤを演じた濱田岳も、いつも通りの何とも言えない良い味を出しており、また、彼が「僕」に薦める映画が、どれをとっても趣味が良かったのも印象に残っている。

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Comments

どうしても見る気がしなかった映画でしたが、大兄のレビューを読んで行く気になりました。多謝。

Posted by: hikomal | Wednesday, May 18, 2016 01:24

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