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Saturday, April 09, 2016

映画『モヒカン故郷に帰る』

【4月9日特記】 映画『モヒカン故郷に帰る』を観てきた。沖田修一監督。沖田監督のオリジナル脚本である。

タイトル通りのストーリー。それ以外に何か複雑な展開があるわけではない。

「モヒカン」と言われているのは主人公の田村永吉(松田龍平)。髪型はモヒカン。職業は売れないミュージシャン。おどろおどろしいデスメタル系のバンドでリード・ボーカルをやっている。

ライブのシーンでそれなりに客は入っているし、インディーズか自費出版だろうが CD も出しているので、多少は人気はあるのだろうが、メンバーが将来を不安がる台詞もあり、音楽で飯を食うところまでは行けていないことがわかる。

そして、将来のことを真面目に心配しているメンバーに対して永吉が意味不明の受け答えをするシーンで、こいつがほとんど何も考えていない脳天気な男だということも分かる。

その永吉が、故郷である瀬戸内海の小島に帰ることになる。同棲しているネイリストの由佳(前田敦子)が妊娠したので、両親に結婚を報告するためである。

この映画のタイトルは明らかに『カルメン故郷に帰る』を踏まえているが、あの映画で主人公のストリッパーが故郷の人たちに白眼視されたように、この映画でもロッカーの永吉が何かと色眼鏡で見られる、というような話ではない。

では、何が起こるかといえば、帰ってみたら父親の治(柄本明)が末期がんであることが判明する。それで、すぐに東京に戻るはずだった永吉と由佳は、結局何ヶ月かこの島に留まることになる。

──ここまで読むと、随分暗い映画に思えるかもしれないが、そこは沖田監督である。ドタバタ・コメディではないが、随所に笑えるシーンが配されている。

末期がんであるということは、常識的に言えば映画のラスト近くで父親は死ぬということである(もちろん父親が死ぬ前に映画が終わるという手法も理論的には可能だが、逆にかなりのテクニックが要るだろう)。

だから、治が死ぬまでの間をどう繋いで行くかが、映画としての腕の見せどころになる。この映画は人間という存在の面白さを繋いで、我々を飽きさせずに、また、悲しい気持ちにもさせずに、最期のシーンまでゆっくりと連れて行く。

今の時代、死というものをこういうトーンで描くと、とかく「不謹慎だ」等の苦情が来る。もしもこれがテレビだったら、下手すると打ち切りに追い込まれるかもしれない。

だが、事実人間って、死んだり死なれたりする間際にも、間抜けで笑える瞬間があるものである。そういう間抜けな人間たちを、この映画は非常に暖かく描いている。

各人の設定が面白い。永吉の両親である治と春子(もたいまさこ)はともに広島県人である。で、治は狂信的な矢沢永吉のファン。この設定が出てきて初めて、主人公の名前もそこから取られていることが分かる。

家は酒屋だが、治は長年地元の中学のブラスバンドのコーチをしている。今は部員が10人(うち男子は1人だけ)しかおらず、これがまた信じられんくらい下手くそなのだが、その彼らに治は無理やり『アイ・ラブ・ユー、OK』を演奏させている。

『ファンキーモンキーベイビー』でも『時間よ止まれ』でもないところが良いではないか。

成り上がりの永ちゃんを信奉する治だけに、永吉が東京で音楽をやっていることに決して否定的ではない。こういう設定も常道を外していて面白い。

そして、妻の春子は熱狂的な広島カープのファンで、菊池の打席に大声を上げて一喜一憂する。

小島→広島県→矢沢&カープ、という発想なのだろうが、うまい設定だなあと思う。さらに、家を出て自活していたはずの弟・浩二(千葉雄大)が何故か実家に帰っている。こいつがまた気弱で素っ頓狂でおかしい。

そして、何よりもおかしいのが、妙に馴れ馴れしくて屈託がない由佳である。これは明らかな当て書きのようなのだが、こういう役をやらせると前田敦子って本当に巧い。

ともかくよく書けた脚本である。小さなエピソードが巧いし、少し前のシーンがあとから急に繋がってきたりする。布石が目立たず、しかも効いているのである。

由佳が iPhone で料理教室の動画を見ながらイワシを下ろすシーンのおかしさ。魚の内臓が人間の病気を連想させる。

松田龍平特有の、わざと間を置いて答えるボケ方の秀逸。お腹が大きくなってきた由佳の、なんとも言えない鷹揚さ。いよいよ治が少しボケ始めたある夜に永吉が取った行動の突飛さ。冒頭で聴いた永吉の歌が治の死と被るおかしさ。

笑っちゃいけないのかもしれないが、自然と笑えてくる。

そして、終盤の永吉が中学生たちのブラスバンドを指揮するシーンは、本当に見事に音楽の楽しさを伝えてくれて、なんだか胸が熱くなってしまった。

芹澤明子によるカメラは、むやみにカットを割らずに、まとまった長さの芝居を見せてくれる。終盤で急に人物に寄る画に切り替わるところもとても巧みだと思った。

これは却々良い映画である。気の毒なくらい客の入りは悪かったけど。

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