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Thursday, April 14, 2016

象徴的なフレーズ

【4月14日特記】 前にも書きましたが、僕は会社の若手に対してよく「網羅的に書くな。象徴的に書け」と言います。

これもその時に書きましたが、例えば、何かのセミナーを聴いてきた時に、そこで講師が喋っていたことを全部報告なんかする必要はないのです。

僕の上司にもかつて「俺に全てを報告しろ」と言っていた人がいました。しかし、全てとは何か?と考えると、全てを報告するなんて無理に決まっていると気がつくはずです。

そして、仮にできたとして、全てを、あるいは全てに近いものを報告してもあまり意味はないのです。

かつて僕が直接「網羅的に書くな。象徴的に書け」とアドバイスした某君のことを、彼の現在の上司が先日こう評していました。

「伝えたいことがたくさんあるのは分かるんだけど、何を伝えたいのかさっぱり分からないんですよ」

うーむ、僕のアドバイスはちっとも役に立っていないようです(笑)

あれもこれも漏らさず書き留めたいというこだわりは分からないでもないですが、それは労多くして結局読み手を飽きさせて終わる場合があります。一番困るのは報告に漏れがあることではなく、報告された人に何の印象も残らないことではないでしょうか。

例えば、何でも良いです、仮に『論語』について伝えたいとしましょう。

その時に『論語』は孔子の死後に弟子たちがまとめた書物で、「四書」のひとつであり、言ってみれば儒教の教科書みたいな本で、第一「学而」以下20の篇に分かれていて、等々延々と語るよりも、例えば「『論語』に『鳥獣(ちょうじゅう)は与(とも)に群を同じうすべからず』というフレーズがあります」と切り出したほうがよほど聞き手の興味を掻き立てるはずです。

語り手は何を伝えたいのでしょう? 『論語』は今の時代にも充分あてはまるということなのか、いや、論語のこの部分を現代に当てはめようとしても無理がある。何故ならば…ということなのか?

伝えるべきことはあなたが何を読んだか、何を聞いたか、何を教えてもらったかではなく、それを聞いてあなたが何を感じ、何を考え、それによって何をどうしようとしているか、なのです。

つまり、コミュケーションというのは人を動かすためにやるのではないかというのが僕の考えです。「動かす」というのは物理的な意味も比喩的な意味も含みます。

人を動かすのは網羅的な情報ではなく、象徴的なフレーズではないでしょうか?

──てなことを僕がいくら言ってもあまり賛同してくれない人もいます。例えば上記の某君のように(笑) それは僕自身が実はあまり上手に象徴的に語れていないことの証拠かもしれません。

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