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Thursday, March 17, 2016

映画『レッキング・クルー』

【3月17日特記】 映画『レッキング・クルー 伝説のミュージシャンたち』を観てきた。

こういう言い方をすると申し訳ないが、この映画はドキュメンタリとしての作りがどうこう言う前に、まずそこに流れている音楽に魅了される。多くは知っている曲なのだが、改めて聴き入ってしまう。ここで扱われているのはそれほどの素材なのである。

レッキング・クルー──1960年代から70年代にかけて、ウェストコーストのロック・サウンドを支えたスタジオ・ミュージシャンたちのグループ名(いや、完全な固定メンバーだったわけではないので「総称」と言うべきか)。それまでのミュージシャンたちのあり方を壊してしまうという意味合いでそう呼ばれた。

この映画を見て、あの曲もこの歌も、みんな彼らがバックを務めていたのかと、新鮮な思いで聴き返すことになる。どの曲もヘッド・アレンジらしい。ものすごい音楽的才能の発露ではないか!

しかし、彼らの名前は一切クレジットされなかった。そういう時代だった。

ビーチ・ボーイズのレコーディングはブライアン・ウィルソンがひとりでやっていることは知っていたが、演奏していたのがレッキング・クルーであることは知らなかった。

モンキーズが自分たちで演奏していないのは分かっていたが、レコーディングしていたのがレッキング・クルーだったとは知らなかった。

フィル・スペクターは偉大なプロデューサーだが、彼が常にレッキング・クルーをブッキングしていたとは知らなかった。

グレン・キャンベルやレオン・ラッセルもその一員だったとは知らなかった。

そこには音楽好きにとっては圧倒的な情報量がある。人の情報と音の情報。

映画を撮ったのは、レッキング・クルーの中でも際立ったギタリスト、トミー・テデスコの息子であるデニー・テデスコ。

彼はキックスターターで音楽著作権処理のための資金を集めた。極めて現代的な手法である。60年代や70年代の名曲が、そういう手法で甦ったところが面白い。

そして、それらの曲のアレンジは全く色褪せていない。

特に女性のベーシスト、キャロル・ケイが実際にベースを弾きながら解説するところが、もうめちゃくちゃに面白い。

実際の演奏に途中からレコード音源を重ねる手法も斬新である(キーはもちろんのこと、テンポまで原曲と同じであるということである)。

ジョー・オズボーンのベース・ランのソロにフィフス・ディメンションの『レット・ザ・サンシャイン・イン』が被ってきて、初めて「そうか、こんなお洒落で複雑なベース・ラインだったのか!」と改めて驚く。

音に酔いしれながら心踊る、とても楽しい映画だった。

そして、日本でも70年代前半のフォークのレコーディングが似たような状況であったことを思い出した。ただ、僕がそのことを知っているのは、レッキング・クルーと違って、当時の日本のスタジオ・ミュージシャンはちゃんと名前がクレジットされていたということだが…。

音楽関係者の間で伝説になったレッキング・クルーも、しかし、アレンジもレコーディングも自分たちで完結するバンドの時代が来て、仕事がなくなってしまう。

でも、やがて彼らの存在は世に知られ、メンバーのうちの何人かは音楽の殿堂入りを果たしたりもしている。この映画でますます再評価されることは間違いない。

良かったなあ、と素直に思う。

しかし、それにしても、この映画を観て一番驚いたのは、レオン・ラッセルさん、あんたはなんでそんなに太ってしまったの?──ということだった(笑)

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