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Friday, March 04, 2016

映画『シェル・コレクター』

【3月4日特記】 映画『シェル・コレクター』を観てきた。

予告編は面白そうだったのだが、全然知らない監督だしどうしようか、と思っていたところ、知人の記事でこの監督(坪田義史)が『美代子阿佐ヶ谷気分』を撮った人だと知り、俄然観る気になった。いや、『美代子阿佐ヶ谷気分』がどんな映画だったのかは記憶にないのであるが、観たかった(のに見逃した)映画であることは憶えていたので。

主人公の盲目の貝類学者(リリー・フランキー)は絶海の孤島でひとり研究をしている。食料と日用品は清吉という男(新垣正広)が時々ボートで運んでくれる。貝類学者は昼間は杖をつきながら海辺で貝を収拾し、点字で何かを書いている。恐らくその著作で生計を立てているのだろう。

そこにどこからかいづみという女(寺島しのぶ)が流れ着く。波打ち際で気を失っているのを貝類学者が見つけて、部屋で介抱する。しのぶは画家であったが、原因不明の病気で手がしびれ、皮膚は赤く焼けただれていた。それがある日、貝類学者が採ってきた猛毒を持つ芋貝に刺され、本来であれば死ぬところが、病気が治り皮膚はきれいになり、手のしびれも取れてしまった。

いづみが本島に戻ったことによって、その奇跡の貝毒の話が伝わり、同じ病気に苦しむ人間たちがその島にやって来るようになる。最初に来たのは代々宗教を司る家系の有力者・弓場(普久原明)で、巫女の血を引く彼の娘・蔦子(橋本愛)がその奇病で死にかけていた。弓場は嫌がる貝類学者を脅して無理やり芋貝を捕まえさせて蔦子に毒を与えるが、今度も見事に効いて、蔦子は回復する

その噂が広まったために、島に一挙にたくさんの人間が押し寄せるようになる。そして、その中に長らく文通だけで繋がっていた貝類学者の息子・光(ヒカルではなくヒカリ、池松壮亮)もいた。

という風に書くと、奇病と貝の不思議な力の謎を追うバイオ・サスペンス風に聞こえるかもしれないが、そういう映画ではない。むしろ夢か現か画然と区別のできないような不思議な映画である。原作はアンソニー・ドーアのO・ヘンリー賞受賞作。O・ヘンリー賞ということは短編である。短編特有の、ストーリーを追うだけで終わらないイメージの横溢が、この映画にもある。

ともかくロケが美しい。海が表情を変える。夕焼けの赤い海、昼間の陽光溢れる真っ青な海、そして夜の黒い海。それから、冒頭のシーン以降何度も出てくる海底のくすんだ海。その海底に椅子を置いて盲目の貝類学者が座っている。何をしているのか? そんなところに長くいられるはずがなく、現に貝類学者の鼻や口から時々あぶくが漏れる。

それが貝類学者の想像なのか夢なのか、あるいは例えば死のイメージを体現したものなのか―そういう全てが観客に委ねられる。これはそういう映画である。リリー・フランキーも自ら言っているように、主人公が盲目であることは物語の進行上とりたてて必然性はない。ただ、目の見えない主人公が素手で貝を触って種類を確かめ、いづみの太腿に手を触れて倒れているのが女だと気づくのを見て、僕らは彼と肌の感覚を共有することになる。

僕には光が登場してからの展開が少し中途半端になったように思う。海外ボランティアをやっているという彼の設定が物語を具体的な方向に引っ張るようでありながら、結局やや消化不良のまま姿を消してしまったように感じたのだが、この辺も含めて感じ方は人それぞれなのだろう。

パンフにはさまざまな人の推薦文句が書いてあったのだが、とりわけ内田春菊が「捨てたはずの俗世が襲いかかって来るこの感じ」と言っているのを読んで、なるほどそういう捉え方もあるのかと心底感心した。それは島に押し寄せてきた人々のことを指しているのだろうが、僕には彼らよりむしろ光という息子こそが俗世の象徴のように見えた。

なんであれ、観客が考える余地を残した映画である。監督が整理する部分と観客に任せる部分の兼ね合いについては、もう少し研究の余地があるかもしれないが、いずれにしても印象に残る映画だった。

脚本は澤井香織と坪田監督が、撮影は芦澤明子が手がけている。パーカッショニストのビリー・マーティンによるBGMが映像に見事にマッチしていた。

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