映画『残穢』
【2月5日特記】 映画『残穢 ──住んではいけない部屋──』を観てきた。
中村義洋監督というだけで観に行ったので、設定もストーリーも全然知らなかったのだが、「なんだ、ホラー映画じゃないのか」というのが見始めてすぐの感想。
だが、これが次第に怖くなってくる。ほんとに怖い。
原作は小野不由美の山本周五郎賞受賞作品。僕は小野不由美という作家は、何だったか忘れてしまったが1作しか読んでいない。
ああ、こんなに怖い小説を書く人だったのか、と今回改めて驚くことになった。
それと、長年敬愛して止まない中村監督についても、この人はともかく器用で、扱うジャンルも広いということもあって、ホラーというイメージは僕にはなかったのだが、実は『ほんとにあった!呪いのビデオ』という心霊ドキュメンタリのシリーズを手掛けてきたとのこと。
そして、小野不由美はそのシリーズの大ファンであるのみならず、自分の作風もそこから影響を受けていることを認めているのだそうで、この小説も念願叶って中村監督による映画化となったようだ。
で、映画の構成について言うと、この映画は悪霊やゾンビが突然出没して人を恐怖に陥れるというステレオタイプのホラー映画パタンを踏襲していない。
主人公の「私」(竹内結子)はミステリ作家であるが、同じくミステリ作家である夫(滝藤賢一)ともども心霊現象否定論者である。
その「私」は雑誌の企画で、読者の実体験を怪奇談にまとめ直す仕事をしている。
そこに「久保さん」という読者(橋本愛)からの投書が来る。今住んでいるマンションの和室で、何かが畳を擦るような音がすると言う。
普通は以前この部屋で自殺者があったというようなことを考えるのだが、そうではないらしい。さらに、これが以前別の怪異譚を送ってきた読者が住んでいたのと同じマンションであることが判り、「私」と「久保さん」は一緒に調べ始める。
──そういう推理小説風の作りなので、幽霊や化け物は却々出てこないのである。だから僕は「なんだ、ホラーじゃないのか」と油断してしまった。
しかし、これが調べれば調べるほど禍々しく繋がって来るのである。過去のこんな残忍な事件の呪いだったと判って、それで一件落着と思ったら、実はその事件もさらに昔の恐ろしい事件から尾を引いていることが分かる。
途中から探索に加わる作家仲間の平岡(佐々木蔵之介)の、「手繰って行けば根っこは同じ」という台詞がこの作品のコンセプトをひと言で表している。
話はその辺からどんどん怖くなってくる。とうとう「話しただけでも、聞いただけでも呪われる」という事件に到達し、手繰れば手繰るほど、調べれば調べるほど抜き差しならぬ深みに、主人公たちは吸い込まれて行く。
僕は見ながら「ああ、もう、調べるのやめようよ」と、祈るような気持ちになる。
登場人物が振り向いたところに恐ろしい効果音とともに化け物が襲いかかるというような仕掛けは決してしない。意味深なエピソードから大惨事に持って行くような単純さもない。
ひたすら音(あるいは静寂)と構図を巧みに配した、今にも何かが起こりそうな演出なのである。そして、実際に何かが起こることよりも、いつまでも何も起こらずに、でも起こりそうな状態が続くことが怖いのである。
で、「聞いただけでも呪われる」となると、この映画を観た僕も呪われるのは必至である。そういう観客を最後には救ってくれるかと思うと、そうは一筋縄では行かないのでなおさら怖い。
ラストはかなりエグい。それはないだろう、何とかしてくれ、と思う。ここで初めて典型的なホラー的手法がある。
とんでもない映画を観てしまった。さらに、一旦ストーリーを閉じてキャスト/スタッフ・ロールが流れる奥で再び始まった新たなシーンの何と怖いことか!
いや、ほんとに怖い映画を観てしまった。こんな映画をこんな巧い監督が撮るのは反則である。
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