« Play Log File on my Walkman #111 | Main | 忘れる »

Monday, February 15, 2016

書き分ける/書き分けない

【2月14日特記】 僕はずっと「書き分ける」ことを考えてきた。

2001年にホームページを始めるときには、これが初めだったので何でも書けたのだが、とりあえず「ことば」というテーマに絞ることにした。しかし、書き始めるとテーマは次第に拡大して、読書や音楽や映画、視聴率の話などに広がって行った。

2004〜2005年ごろには、世の中にブログが流行りだしてきたが、僕はホームページとどう書き分けるか自分の中で整理がつくまで始めなかった。結局、ホームページは「ことば」を中心にどちらかと言うと総括的な話、個別の映画評やCD評などはブログに書くという大雑把なルールを決めて、このブログを開始した。

書評については、当初 bk1 というサイトに投稿していたのだが、このサイトが吸収されて消滅するにあたり、全てをこのブログに移した。これで「個別論はブログ」という色付けが鮮明になった。

その何年か後、ホームページを整理・改修した際には、今一度ホームページの性格を明確化するために、当時一番アクセスのあった視聴率のコラムを丸ごと削除することにした(データが古くなったということもある)。

ホームページを書きながら essayistnet というサイトへの投稿を始めたのだが、こちらは「ことば」からは外れて、ホームページにはあまり書いていないテーマ(やや政治的なものも含めて)を中心にした。このサイトの消滅後は全ての原稿をホームページに転載した。

2009年には twitter を始めたが、こちらは別キャラになり切って呟いているので自ずと棲み分けはできる。

そして、Facebook が盛り上がってきた時には手を染めるかどうかとても悩んだ。果たしてホームページ、ブログと違う内容を書き分けられるかということである。

僕はホームページはもちろんのこと、ブログにも「今日はどこそこへ行ってきて、これこれを食べて美味しかった。景色がきれいだった」みたいなことは滅多に書かない。じゃあ、それを毎日 Facebook に書きたいかというと全く書く気にならない。基本的に日記は自分だけが読めれば良いという考え方だ。

だからあんまり書くことがない。

結局のところ、じゃあ、あんまり書かなくて良いか、という考えで Facebook を始めた。自分ではあまり書かないが、他人の記事に「いいね!」したりコメントを書いたりということはしょっちゅうやっている。それから Facebook の中の「グループ」は特定の人への連絡ツールとして、仕事に遊びに非常に重宝する。それで充分である。

それから気がついたのだが、僕の場合、実名でやっているのは Facebook だけである。例えば僕の名前にまつわる面白いエピソードや、具体的な個人情報を明かさないと笑えないような話などについては Facebook に書くしかないのである。これは逆に「なるほどそういう使い方があったか」と納得した。

で、そんな中で先日書いたように note を始めた。これが書き分けを考えずに始めた初めてのメディアとなった。もう書き分け方が思いつかなかったからではない。詭弁に聞こえるかもしれないが、「書き分けないという書き分け方」があることに気づいたのである。

今 note に発表しているのは全て他所からの転載である。古い文章を掘り起こすこともあるし、書いたばかりの文章をすぐさま写して載せることもある。これは言わばセルフ・コンピレーション・アルバムなのである。

ネット上の記事は通常どんどん消化されてタイムライン外に忘れ去られて行く。そんな中でこんな風に過去に書いたいろんなサイトから引っ張り出してきたり、掘り返したり並べ替えたりするのも大変楽しいではないか。

それが今の僕の心の中の整理である。

|

« Play Log File on my Walkman #111 | Main | 忘れる »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 書き分ける/書き分けない:

« Play Log File on my Walkman #111 | Main | 忘れる »