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Monday, January 18, 2016

35年前の『の・ようなもの』

【1月17日特記】 昨日の『の・ようなもの の ようなもの』の記事で35年前の『の・ようなもの』についてかなり触れたので、そのついでに35年前に僕が書いた感想文を引っ張り出してみた。

非常に感覚的で、観察も分析も狭く浅く、今から思うと感じたことをちゃんと書き切れていない感じがしてもどかしいほどなのだが、あの時感じた息吹のかけらは捉えているような気がするので、ここに書き移してみることにした。

お恥ずかしい限りではあるが、これが社会人になって半年の僕の感慨である:

【1981年10月24日(土)梅田コマシルバー劇場にて鑑賞】  これが35mmデビュー作とは思えない。8mm映画の監督として長いキャリアがあるとは言え、これほど緻密によくできた作品だとは期待していなかった。

「ニュアンス映画」と銘打ってある通り、様々なニュアンスが綾なしている。登場人物の個性と個性の絡まり合いの妙──それは監督自身が言うように、「オモシロイ人間がいるんじゃなくて、人間はオモシロイものなんだ」という確信の裏打ちであると言える。

そして、小粒の宝石のように散りばめられたパロディ。その肌理の細かさ。「メジャーなんか目じゃあないっすよ」(註1)の心意気!

マイナーな上映のされ方であっても、映画自体が全くのびのびと撮られているのには驚いた。

出演者がまた良いのだ。巧いとか下手とか言う前に、それぞれが個性的でオモシロイのだ。

軽い題材ではあるけれど、多くの人の人生を見つめるという広い視野は保ち得ている。ちょっと天才だな、と思った。森田芳光という監督。

自分も無性に映画を撮ってみたくなった。『Keiko』(註2)以来の、二度三度見たくなる映画だ。

(註1)『の・ようなもの』の中の主人公・志ん魚(伊藤克信)の台詞
(註2)1979年公開のクロード・ガニオン監督、若芝順子主演の映画。同年の『キネマ旬報』ベストテン第3位に選ばれている。


意外にあっさりとした文章である。

思えば、鑑賞当日の感想としてはこれだけだったのだろう。それからあと何日もかかって、「道中づけ」をはじめとするいろんなシーンを反芻し、分析し、さらにそれらを再構築してその印象を重ねることによって、僕はこの映画への傾倒を強めたのだと思う。

文中にもあった『Keiko』の鑑賞記録を読むと、こちらはもう観た直後からこの映画への感動と驚愕と、こんな映画を撮る監督の才能に対する嫉妬がないまぜになって、うわ言のような文章が続いているのだが、それとは対照的である。

映画って本当にオモシロイ。

実際僕は『Keiko』を二度観たが、『の・ようなもの』は一度しか観ていない。だが、この2本に相米慎二の『台風クラブ』(これは劇場だけで3回観た。テレビを加えると5回は観ている)を加えた3本が、生涯で3本の指に入る衝撃作である。

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