35年後の『の・ようなもの』
【1月24日特記】 映画『の・ようなもの の ようなもの』の鑑賞記事にも書いたが、『の・ようなもの』を WOWOW から録画しておいたのである。
本当は『の・ようなもの の ようなもの』より前に観ようと思ったのだが、待ちきれず『の・ようなもの の ようなもの』を先に観てしまった。今日漸く本家本元のほうを、35年ぶりに観た。
思った通り、今観るとそれほどのインパクトはない。あの頃は、こういう脚本を書く奴は他に誰もいなかったからだ。今ではそれほどの新鮮さはない。ただ、今観てもやっぱり面白い。
キャッチフレーズの通り、ニュアンス映画である。細部に面白さがある。そして、その細部にこそ真実が宿るのである。
今気づいたのであるが、僕のこのブログのタイトルに添えている「些細なことの中に真実がある(こともある)」というフレーズの遠い遠い根っこはこの映画にあったのではないだろうか!
前半は大した筋もないのにやたらとおかしい。人間がおかしい。
僕が主人公の志ん魚と同い年だったということもあろう。秋吉久美子の大ファンだったということもあろう。でも、僕がこの映画に共感し、この映画の虜になったのはそれだけのことではない。そのことを再度確認した。
そして、ギャグのないギャグ集みたいでまとまりに欠ける(わざとだろうけれど)前半と比べて、終盤の「道中づけ」のところは何度観ても素晴らしい。もっともっと長いシーンという印象があったが、そうでもない。
ただ、あの風景に被せた志ん魚のモノローグは、あれは誰にでも書ける台詞ではない。あそこにこそ森田芳光の真骨頂がある。
もちろん、改めて観てみると記憶違いもたくさんあった。
「志ん魚が由実とエリザベスに振られて」と書いたが、映画の中で実際振られるシーンはない。でも、やっぱり長続きはしないよなあ、という僕の思いが記憶を作ったようだ。
「道中づけ」のシーンで提灯が並んだビア・ガーデンの照明の色が強烈に網膜に残っている、と思い込んでいたが、それは道中づけと志ん米の真打昇進パーティのシーンがごっちゃになっていたようだ。
それから、僕がもう痺れるほど感動した台詞「メジャーなんて目じゃあないっすよ」も、映画の中ではなかった。三遊亭楽太郎(当時)が扮した売れっ子の落語家を指して、志ん魚が「正太郎なんて目じゃあないっすよ」と言うのだ。
では、どうして「メジャーなんて目じゃあないっすよ」というシャレの形で僕は憶えていたのだろう。それは多分映画のチラシにそう書いてあったのだと思う。
杉山泰一はこの映画では助監督ではなく、佐藤陸夫に次ぐ2人目の演出助手であった。また、撮影助手の2人目に笠松則通の名前があってびっくりした(この人が後に撮影監督を務めた映画を、僕は15本も観ている)。
そして、あの頃は誰も知らなかっただろう鷲尾真知子が結構台詞のある役で出ている。彼女もここから出発したのかもしれない。
結局はこの映画はやっぱり森田芳光にしか撮れなかった傑作だという思いだけは変わらなかった。あの時の僕には、そしてその後あの時の森田芳光と同い年になった頃の僕にも、そして今の僕にも決して敵わない森田芳光がそこにいた。
さて、改めて『の・ようなもの の ようなもの』のほうを振り返ると、冒頭のシーンを含めて、『の・ようなもの』から本歌取りしたシーンやカットが多いのに驚く。
これはやっぱり森田に対する溢れんばかりの思慕と敬愛、そして、追悼と供養の気持ちの現れなのだろう。
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