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Saturday, December 05, 2015

映画『FOUJITA』

【12月5日特記】 映画『FOUJITA』を観てきた。

小栗康平という監督は結構しんどい映画を撮る人である。今回もそこそこしんどかった。

FUJITA ではなく FOUJITA である。こう書くと、なるほどフランス語っぽくなる。

藤田嗣治の物語である。僕はそれがフランスで名を成した日本人画家であるという程度には知っていたが、パリであそこまで「時代の寵児」的な扱いを受けていたとは知らなかった。

その藤田を、おかっぱ頭にロイド眼鏡、ちょび髭にピアスというスタイルで、オダギリジョーが演じている。劇中に出てくる本物の自画像によく似ている。

冒頭がその藤田の住むパリの家を正面から固定カメラで撮った構図。屋根の上を猫が歩いているが、どうもこれがまともな立体に見えない。まるで絵画の上に合成したように見えるのは、果たして僕の先入観によるものか。

その後も何度か同じような気持ち悪さを感じたのだが、これは西洋の風景画に如何にも出てきそうな構図で如何にも出てきそうな建物を切り取ったからだと了解する。

藤田嗣治の物語と言っても、監督自らが「伝記にはしたくなかった」と言っている。だから、藤田の生い立ちを語るでもなく、映画はいきなりパリで絵を描いている藤田のシーンから始まる。

フランス人の女が出てくるが、藤田との関係はあまりよろしくなさそう。その直後には藤田と別の女がカップルになっている。後で分かったのだが、彼女たちはいずれも藤田の妻で、彼は5回結婚したとのこと。

最後の妻は日本人で、それを演じているのが中谷美紀である。

ストーリーに起承転結があるわけではない。ただ、藤田の日常が切り取られる。静かに絵を書いていたり、仲間と派手に騒いでいたり。

──これはまるでナレーションの入らないドキュメンタリのようなもので、観客が自分で意味を見出さなければならない。そこがしんどいところであり、また、途中で眠くなるところである。

ただ、何度か眠りに落ちそうになりながらも、いくつかのことは分かった。

1920年代は大都会パリといえども夜はかなり暗かったということ。パリは外国から来た人間をかなり寛容に受け入れてくれていたこと。藤田は自分の絵を売るために一方で地道な努力もしながら他方でパフォーマンスめいたこともやったこと。

そして、後半はいきなり第2次大戦中の日本に場面が変わる。その絵変わりの大きさに目が覚めた。藤田にはいつの間にか日本人の妻がいて、戦火を逃れてどこかの田舎の村に移っている。

藤田は戦争に協力するような絵を描いている。しかし、戦争を賛美するでも国家を信奉するでもない。村人の喜びや悲しみを共有しながら、淡々と生きている。

今度は日本の田舎なのに、不思議に西洋画に出てきそうな風景が出てくる。また、その中には、中国の山水画のような風景も混じってくる。

パリ時代の場面も含めて、非常に絵画的な風景が多く出てきて、その多くは陰影というものを非常に印象的に捉えている。

藤田は終戦後、戦争協力者という批判を浴び、嫌気が差したのか日本を飛び出し、フランスの国籍を取って、日本には二度と戻ってこなかったらしいが、映画はその時代まで描いていない。

変な言い方だが、映画はぽつんっと終わる。

何だったんだ、この映画は?と思う。しかし、不思議に心の襞に食い込むみたいに、いつまでも何かがひっかかっている。

僕はいつまでもいろんなシーンを反芻し、いろんなことを考えている。そんな映画である。

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