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Monday, November 23, 2015

映画『恋人たち』

【11月23日特記】 映画『恋人たち』を観てきた。『ぐるりのこと。』以来7年ぶりの橋口亮輔作品である。

すごかった。ちょっと今回は書きすぎになるかもしれないので、これからご覧になる方は、お読みいただくのは後回しにしてもらったほうが良いかもしれない。

僕は2008年のキネマ旬報ベストテンの1位は、その『ぐるりのこと。』か、是枝裕和監督の『歩いても 歩いても』のどちらかだと確信していた。ところが結果は『おくりびと』だった。

他の賞ならいざ知らず、キネ旬までがアカデミー賞フィーバーに引きずられるのか、とちょっとがっかりした。

『おくりびと』が悪いとは言わない。だが、あの年のベスト(とりわけキネ旬的なベスト)はどう考えても上記2作のどちらかだったと思う。やっぱり賞獲りには派手な話題性を身にまとっている作品のほうが有利なのだ。

そういう意味では、『ぐるりのこと。』でさえベストは獲れなかったのだから、この『恋人たち』がキネ旬1位になるのは無理かもしれない。

いや、『ぐるりのこと。』より出来が悪いなどと言っているのではない。この映画は何と言っても、主演級の3人がいずれも無名の俳優だからだ。だから客の吸引力も弱く、映画館は空いていた。

しかし、その無名の俳優がここまでの演技を披露できたのは、やはり脚本と演出の力だろう。

3組の恋人たち(?)が登場して、3つの話が互いにほとんど絡まず、同時進行する映画なのだが、いずれもひとことで言って、とても痛々しい話である。時々見ていられなくなってくる。

映画のくせに、客が見ていられなくなって良いのだろうか?などと思ったりもした。

3人の主人公はある意味いずれも満たされない人生を送っている。

アツシ(篠原篤)は新婚間もないころ、通り魔に妻を殺害される。そのショックから立ち直れず、暫く廃人同様の生活を送った後、今は橋梁の非破壊点検の職人として、借金しながらなんとか生計を立てている。

魂が抜けたような毎日を暮らしているが、犯人に対する激しい憎悪の炎だけは決して消えたことがない。

瞳子(成嶋瞳子)は生活に疲れた主婦である。元上司の旦那(高橋信二朗)と姑(木野花)の3人暮らし。

子供はなく、弁当屋でアルバイトをし、夜はひとりで雅子さまを見に行った時のビデオを何度も見返し、趣味で小説を書き、旦那から請われるとコンドームを買いに行ってセックスする。

決して欲求不満に凝り固まっているわけではないが、誰にも認められないようなつまらなさは感じている。そんな時、近所で鶏肉卸の仕事をしている藤田(光石研)が現れる。

四ノ宮(池田良)は成功した弁護士である。イケイケで、ちょっと調子に乗りすぎているような嫌な奴である。プライドが高く、劣等感など何もないように見える。ただ、彼は(友人たちにはカミングアウトしているが)ゲイである。

ゲイであるために謂れなき差別を受け、友だちを失うことになる。

以上のような設定がいきなり語られるのではない。観客は初めは彼らが一体何を怒ったり夢見たり嫌われたりしているのか全く分からないまま、それぞれの日常を見せられる。そして、次第にその背景が見えてくるのである。

その辺りの脚本はかなり巧みであるが、脚本の前に出演者の話をしよう。

主演の3人が見事に嵌っているのである。橋口監督は例によって長回しを多用して、役者たちに苛酷な長い芝居をさせているのだが、3人が3人ともそれによく耐え、目を瞠るような演技をしている。

橋口は自分がが主催しているワークショップでこの3人に会ったと言う。オーディションを経て3人に絞り、その3人に当て書きをしたと言う。

いや、その3人だけではない。ほとんどの登場人物について、まずキャスティングしてから当て書きしたのだという。

この3人の周りには本当にろくでもない登場人物が次々に現れる。

アツシは延滞している健康保険料を少しだけでも払おうと役所に行って、係員(山中崇)から屈辱的な扱いを受ける。アツシにろくでもない弁護士を紹介した先輩(リリー・フランキー)は謝りもせず、逆にアツシに偉そうに説教する。

瞳子が淡い思いを抱いた藤田は情婦の晴美(安藤玉恵)と同棲しており、2人で何やら怪しい商売をしている。瞳子の姑は食品用ラップを何度も洗って干して使うような吝嗇家で、夫の信二朗は瞳子が姑に口答えすると殴ったりする。

四ノ宮には学生時代からの親友・聡(山中聡)がいるが、その妻にはゲイであることから疎まれる。四ノ宮の依頼人の女子アナ(内田慈)は新婚の夫が自分より如何に格下の男だったかをあげつらい、詐欺だ、別れるとまくしたてる。

みんな荒んだ心を御しきれないでいる。

役所のカウンターに置かれた1万円札、瞳子の自転車が走り抜ける水溜りの飛沫。川の中にじゃぶじゃぶと入って行くアツシの周りにできる波紋。骨折した四ノ宮が松葉杖の先でなぞる聡の影。缶コーヒーに乗っかった飴ちゃん、瞳子が足で踏み潰すペットボトル。

──そんな印象的な画が次々と嵌め込まれて行く。唯一、アツシの職場の同僚・黒田大輔(黒田大輔)だけが優しい目でアツシを見守っている。しかし、その黒田も何かで左腕を失っており、何やら謂わくありげな様子である。

藤田が自分に注射するために腕を縛ろうとしてうまくできず、手ぬぐい、マウスのコード、そして瞳子の網タイツまで試してみるシーンは秀逸である。

台詞も、小さなエピソードも極めてリアルで、驚くほどである。

中でもアツシが同僚女性に「ウチのママと一緒にテレビを見よう」と誘われるところや、アツシの義姉が「その人は、あたしの変な性格と変な顔が好きだと言ってくれて」という台詞、瞳子が新幹線の切符をちゃんと手配できなかったエピソードなどは、クランクイン前に行われたエチュードから出てきたものを採ったという。

この辺りの制作手法もすごいと思う。

パンフに角田光代が「痛みは、その人だけのものだ。どのくらい痛いのか、私たちは決して他人に伝えることはできないし、また、他人がどのくらい痛いのかも真にわかることはできない」と書いている。まさにその通りだと思う。

その後も角田は見事な分析を披露しており、パンフには他に呉美保や吉田修一も秀逸な文章を寄せいているので、是非とも買って読んでほしい。

また、この映画はキャスト/スタッフ・ロールが始まってもまだ席を立ってはいけない。最後の最後にほんの短いシーンがあるが、この無人の光景が計り知れない救いになっている。

誰もが痛みには折り合いをつけるしかないのである。

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