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Tuesday, September 22, 2015

SHORT SHORTS FILM FESTIVAL & ASIA OSAKA 2015

【9月22日特記】 今年も SHORT SHORTS FILM FESTIVAL & ASIA OSAKA を観てきた。これで3年連続、グランフロント大阪のナレッジシアターでやるようになってからは毎回観ている。

過去2回は7月だったが、今年は9月で、過去有料の年もあったが、今年は無料になるなど、開催の方針はまだ揺れているようでもある。今年は初めて夫婦で観に行った。

このフェスティバルは、ご存じない方のためにひと言だけ書いておくと、米国アカデミー賞公認の国際短編映画祭である。上映本数が多く、全部観るのは不可能で、僕らが観たのは「受賞プログラムA」(5作品)。

The Palace On The Sea|海の上の宮殿(Midi Zhao 監督、台湾、15分30秒)

このイベントは「原題」が何故かすべて英語という不自然なことになっているのだが、台湾語の原題は、調べてみたら海上皇宮だった。

この映画は夫婦揃って意味が理解できなかった。女性が出てくる。両の前腕とドレスの胸の部分に泥がついて汚れている。この汚れが何なのか説明があるだろうと思っていたら、突然フィルムが逆回しになって終わってしまった。

なんじゃそれ?という感じ。

女はミャンマーから台湾に出稼ぎに来ている(これは監督自身の経歴とも一致するらしい)が、国に帰りたいと泣く。周りのみんなは台湾にいたほうが暮らしが楽だと諌める。

男が現れて女と一緒に踊る。その後、僧侶が出てくる。この僧侶はひょっとして先ほどの男と同一人物か? 女の服と前腕は場面によって汚れていたりいなかったりする。つまり汚れていない場面は昔の回想?

そんなことを考えていると、逆回しだ。よく分からんな、と思ってパンフレットを読むと、どうやら女は幽霊であったらしい。しかし、映画を観ていて幽霊だと気づかせるヒントがないし、映画を観る前にそれを知っていても意味が分からない。

うむ、次の作品に行こう。

Once Upon a Tree|私の大好きな樹(Marleen van der Werf 監督、オランダ、14分40秒)

オランダの女流監督の作品。オランダ語の原題は調べたら Het Meisje en de Boom だった。

これは自然が好きな少女の話。森の中に彼女の大好きな樹があって、彼女はいつもそこに登ったり、飾り付けをして樹の誕生日を祝ってやったり、虫を捕まえたり、観察したり、埋葬したりしてやっている。

大人たちは折にふれて周りの樹木を伐採しており、その魔の手がいつこの樹に及ぶのか心配で仕方がない。

高速度撮影や接写など、自然ドキュメンタリ的な手法を総動員して、とても綺麗な画を撮っている。少女の心の移ろうさまも非常にリリカルに画面に収めている。

小春日和|A Warm Spell (齋藤俊道監督、日本、25分00秒)

この中では恐らく一番巧い。画も物語も非常に構成力がある。齋藤監督は 1985年生まれで、同志社大学卒、スパイク・リー監督の演出助手を務めていた人らしい。

都会の病院で医師を務める兄と田舎の特定郵便局で一人で働いている弟。治療のために兄が引き取っていた母が亡くなり、その亡骸とともに兄が帰ってくる。

飛行機に遺体を載せ、地元の空港から実家に向かう途中に車がパンクして、迎えに来た弟と2人で棺を担いで家まで歩く序盤の展開が秀逸である。

お通夜の日にたまたま郵便局に来た旅行者の若い女が帰らずにずっと家にいついてお通夜の手伝いをしている不思議。

兄弟の確執があって、それぞれの母への思いがあって、そして少し怪異譚めいたところに話は展開する。

よほど勘が悪くなければ、早い時点で「ああ、そういうことか」と気づくが、映像としてのまとめ方が非常に巧いので、ネタバレは害にならない。

焦点を当てた人物の後ろに、常に焦点のぼけたその他大勢の親戚たちがいるという構図が良い。起承転結も鮮やかである。

同じ日本人なので感性が近いからそう思うのかもしれないが、この中でも一番プロらしい作品である。

The Salt of the Earth|新しい家族(Jonathan Desoindre 監督、フランス、18分00秒)

これはもう何とも言えない悲惨な設定の映画。フランス語の原題は、調べてみたら Le sel de la terre

ヴァンサンが婚約者のダイアンを連れて実家に戻ってくる。家族や親戚から表向きは歓迎されるが、田舎特有の閉鎖的な底意地の悪さと、時代遅れの家父長制的な匂いを感じ取って、ダイアンは居心地の悪い一日を過ごす。

翌日は親戚一同で狩りに行くが、途中ではぐれたダイアンを獣と勘違いして、皆で鉄砲で撃ち殺してしまう。

ヴァンサンは血を流して倒れているダイアンに駆け寄って、必死で蘇生させようとするが、父親や親戚たちは「やめろ、もう死んでいる」「お前は死人と結婚する気か」「そこら辺に穴を掘って埋めよう」などとあまりと言えばあまりの反応。

しかも、一人の女の親戚がダイアンの指輪を盗ろうとするが外れず、それを見た男の親戚が指ごと切り落とそうとしたら、死んでいたはずのダイアンは死んでおらず、悲鳴を上げて逃げ出す。

ダイアンは最初はただ逃げるだけだったが、やがて猟銃を手に入れ、反撃に出る。

なんとも陰惨な設定と展開である。

僕はこれは、決してこういう設定にしたら面白いだろうという発想で作られた映画ではなく、多分監督自身の体験に基づく、田舎の親や親戚たち、そして田舎の暮らしそのものに対する怨念の表れではないかと思う。

で、何の救いもない終わり方である。隣で見ていた妻はうんざりとしていたが、僕はこういう作品もアリかなと思う。

Cloudy Children|キミのモノ(Reza Fahimi 監督、イラン、18分04秒)

で、これが今回のグランプリとアジアインターナショナル部門優秀賞、東京都知事賞を受賞した作品。

イラン映画を観るといつも我々とは違う着想点と違う感性があることに驚いてしまう。特に子どもを扱ったものが面白い。『運動靴と赤い金魚』や『友だちのうちはどこ?』などを思い浮かべてほしい。

この短編映画もすごい。よくこんなものを題材にしたなと思う。

小学校3年生の2人の男の子。仲良しなのだけれど、ハッサン(という名前だったと思う)が「このざくろの木は僕のもの」と言い出したことで2人が競い始める。

「このざくろの木は僕のものなんだ」
「なんで?」
「いつも見てるからだ」
「僕だって見てるよ」
「僕のほうがよく見てるからだ」

こんな調子で始まったゲームが、最初は「学校のトイレも僕のだ」とか言っているうちは良かったのだが、「校長先生も僕のものだ」と言い出した辺りから次第におかしくなる。

ハッサンでないほうの少年(名前は忘れてしまった)は、あれもこれも全部ハッサンに取られて、意地悪な用務員のおばさんくらいしかもらえない。

そんな風に書くと、他愛ないコメディと思うかもしれないが、実は友情の物語である。子供らしい競争心と純真さが非常に良く描かれて、なんだか分からないけれど観ている我々の心のひだひだまで映しだされているような気になるから不思議だ。

この観察眼は何だろう、と思うほど、子供の興味と感心と心の動きを巧みに捉えた脚本には舌を巻いてしまう。これがグランプリというのは全く頷ける結果である。

以上、今回も(1編を除いて?)佳作揃いであった。齋藤監督は『小春日和』の長編化を企画中だというので、それも楽しみである。

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