映画『ピース オブ ケイク』
【9月12日特記】 映画『ピース オブ ケイク』を観てきた。田口トモロヲ監督。
おっさん臭い感想だろうけれど、いやあ、多部未華子がすっかり大人の女になったというのが第一印象。
彼女を最初に観た『HINOKIO』では、てっきり少年だと思っていたら実は少女だったという役柄だったこともあるが、それだけではない。
今まで彼女が演じてきた役でここまで情動的なキャラはなかったのではないだろうか。そして、そういう新しい役柄を彼女がまた完璧に演じている。これはまさにニュータイプの多部未華子の誕生である。
この映画でどこかの映画賞の主演女優賞が獲れるのではないか、いや、獲ってほしい、いや、1つぐらいはきっと獲る──それほど素晴らしい演技だった。
梅宮志乃(多部未華子)は恋愛に対して思慮の浅い女である。目の前の気持ちよさに負けてしまう女である。だから、半径5m以内の男と手っ取り早く恋に堕ちてしまう。
そういう娘は確かにいる。で、そういう恋を繰り返して、いつも似たような失敗にたどり着く。ただ、彼女がそこら辺のそういう娘たちと違うのは、自分でそのことを自覚しているところである。
だからこそ、彼女の悩みがあり、躊躇があり、自制がある。そして、その裏返しの、「ええい、行ってしまえ」という思い切りの良さと開き直った素直さがある。
自意識過剰で嫌味なDV男・正樹(柄本佑)と別れて、引っ越したアパートの隣室の住人・菅原京志郎(綾野剛)がたまたま再就職先のレンタルビデオ店の店長で、京志郎にはその時あかり(光宗薫)という同棲相手がいたにも関わらず、「風が吹いて」恋に堕ちてしまう。
アパートの前で突然志乃が京志郎に告白するシーンのなんと清々しいことか!
度々映るそのアパートの2人それぞれの部屋の前のシーンには、真ん中に1本アパートのベランダを支える柱が映っている。
その柱があたかも2人を切り分ける障害物のようであり、しかし、志乃がやおら京志郎に駆け寄ってその境界をいとも簡単に越えるようにも見える。意味の深い、良い構図だと思った。
いや、最初に良い構図だと思ったのはもっと前のシーンだ。
志乃が京志郎への思いに気づいた瞬間の、下からあおるカメラで志乃の向こうに青空をいっぱい収めたシーン、そして、そこから一気に引いて、画面の真ん中に志乃を小さくぽつんと収めたワンショット。
鍋島淳裕のカメラはそれ以外にも綺麗な画をたくさん撮っている。最後のクワズイモもそうである。
そう、そのクワズイモの配し方なども含めて、向井康介の脚本がまた抜群に素晴らしいのである。多分原作漫画の台詞が良いのだろうけれど、書き留めておきたい台詞が山ほどある。台詞回しがリアルで、そして時に盲点を突くような鋭さと心地よさがある。
そういう2人を綾野剛と多部未華子が、時々見ていて声が出そうなほど、表情豊かで胸に刺さる演技をする。いやあ、2人とも、この引き出しの多さは何なのだ!
そして、共演者も良い。とりわけ、志乃の友人で、俳優をやっていて、レンタルビデオ店の同僚(というか、志乃にその店を紹介した)でもある天ちゃん(松坂桃李)。なんとこれがオカマ・キャラなのだが、松坂桃李がものすごい嵌まり方をしている。
そして、同じく志乃や天ちゃんの友人で、キャリアと家庭を両立しているナナコ(木村文子)。時として彼女が保守的・良識的な恋愛観の担い手として志乃を引き止めながら、でも、ここぞというところでは逆に志乃の背中を押すという展開も素敵だ。
そして、天ちゃんが所属する劇団の座付作者で座長の千葉(峯田和伸)。
僕が勝手に「痛々しいほど惨めな青春恋愛映画3部作」と名づけている映画がある。『グミ・チョコレート・パイン』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ監督、2007年)、『色即ゼネレーション』(田口トモロヲ監督、2009年)、『ボーイズ オン・ザ・ラン』(三浦大輔監督、2010年)。
そのうちの後の2本に出ている(『ボーイズ オン・ザ・ラン』では主演)のが峯田和伸である。『ボーイズ オン・ザ・ラン』での、この哀しいのを通り越して無残なほどの振られ方は何だろう!
そう、峯田は元々歌手であるが、そういう役ができる役者なのである(そして、この『ピース オブ ケイク』でも!)。
峯田の歌がまた良い。それは ♪ピースオブケイク と歌う。言うまでもないが「朝飯前」「簡単なこと」という意味である。その後「ニール・ヤングに三上寛を混ぜた感じ」(笑)の絶叫型の歌があり、最後は加藤ミリヤとのデュエットだ。いずれも素晴らしい。
この劇団が、最初はザ・スズナリで演っていて、その後本多劇場で公演を打てるようになり、阿佐ヶ谷ロフトでトークショーに出るとか、そういうところも分かる人には分かる楽しい演出である。
田口監督が R指定にならなりギリギリのところで官能性と刺激性を研究・追求したラブシーンもほんとに素晴らしい。
ああ、恋ってこういうもんだったよなあ、としみじみ青春時代を思い出してしまった。
全く貶すところを思いつかない、久しぶりに感服した映画である。
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