« 映画『この国の空』 | Main | 『何者』朝井リョウ(書評) »

Tuesday, August 18, 2015

毛を考える

【8月18日特記】 昨日、映画『この国の空』で工藤夕貴の黒々とした脇毛(恐らくカツラだろうけれど)を目にしてからずっと体毛のことを考えている。

人間はどうして体のいろんな所に毛が生えているのだろう?──小さい頃から何度となく考えた命題である。

獣は全身を体毛で覆われている。しかし、そこから進化した人間は、火を使い、道具を使い、集団で協力して暮らし、家を建て衣服を纏うすようになったために、毛の必要性が薄くなり、その結果大事なところにだけ毛が残った。

──それが、僕が子供の頃からよく聞かされた説である。つまり、人間は大事なところにだけ毛が生えている。

しかし、よく考えてみると、それは必ずしも正しくない。

頭部が毛で覆われている理由にはなっている。頭は紛れもなく大切である。睫毛は大切な目にゴミが入るのを防ぐために、眉毛は(守るべき大切なところかどうかは別として)相手に表情を伝えるために必要であることは分かる。

しかし、ヒゲはどうなのか? これは何のために必要なのか。どの大切な器官を守るために生えているのか? そして何故概ね男性だけなのか?

概ね男性だけと言えば、胸毛や脛毛も、その論では説明がつかない。果たして胸や脛は男性だけにとって大切な部分なのだろうか?

いや、大切な頭部を覆っている頭髪にしたって、あくまで頭(脳)を保護するために生えているという説明には限界がある。

例えば若ハゲの人はどうなるのか? ハゲの人は守るべき所が守れない、一種の病気だと言うのか? しかし、ハゲのために頭部が守れなくて早死したというような話は聞いたことがない。

歴史上にもハゲの豪傑や天才や指導者などいくらでもいる。毛が生えてなくても決して支障はないのではないか?

そして、陰部である。

大事な所に生えていると言うが、本当のところは大事な部分のキワキワのところまでしか生えておらず、ほんとにほんとに大事なところには生えていないのだ。

それに、人によって生えている形や面積はまちまちである。これではとても、この毛で大事なところを守っているという説に普遍性も説得力も出てこない。

もちろん一番大事な微妙な部分に生えてしまっていると、挿入した時に痛くてたまらないというようなことがあるのかもしれない。でも、本当に守るのが主眼であれば、大砲ではなく少なくとも弾薬庫の部分はもっと毛に覆われていてしかるべきではないか?

そして、最後に脇毛である。

あそこには何か大事なものがあるか? リンパ節? いや、それは全身の他の部分にもたくさんある。脇の下だけが覆われている意味がない。何故あそこだけ生えているのだろう?

僕が高校時代に読んだ海外の笑い話にこんなのがある(僕はそれがおかしくて、何十年たっても忘れられない):

とても性欲の強いある男が結婚をした。初夜の営みの後、眠っている新婦の脇毛を見つけて、男は小躍りして言った。「やった!あと2箇所もあるぞ!」

これ、面白くないだろうか? 毛が生えているというだけで妄想が湧き起こってしまうバカバカしい感覚。

でも、そういう感覚、毛が生えているというだけで性的なものと結びつけてしまい、羞恥の感覚が起きるからこそ、戦後日本人女性は脇毛を剃り始めたのではないかと思ったりもする(それ以前は、普段の装いで脇まで見えることがなかったのかもしれない)。

まあ、別に剃る/剃らないは本人の趣味の問題でどちらでも良い。いずれにしてもそれは大事なところを守っていたりはしないのである。

そんなことを考えていたら、今度は僧侶が頭の毛を剃るのはどういう意味合いがあるのだろう、などということが気になってきた。まさか僧侶は大事な頭部を守る必要がないというようなことでもあるまい(笑)

毛というのは却々ミステリアスな存在である。

|

« 映画『この国の空』 | Main | 『何者』朝井リョウ(書評) »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/110115/62110506

Listed below are links to weblogs that reference 毛を考える:

« 映画『この国の空』 | Main | 『何者』朝井リョウ(書評) »