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Saturday, August 15, 2015

故・花紀京さんに

【8月15日特記】 昨日テレビで花紀京さんの追悼番組を見て twitter で呟いたりもしたのだが、花紀京さんが如何に偉大な存在だったかということを、僕らの世代以外の、あるいは関西人以外の人たちに伝えるのは非常に難しい。

まず、関西以外の人には信じられないかもしれないが、僕らが小学校の時『よしもと新喜劇』は土曜の午後の早い時間に放送されており、僕らはそれを見るために学校から走って帰ったのである。

ご存じの通り『よしもと新喜劇』には多くの役者/芸人が出演しており、松竹新喜劇の藤山寛美みたいに主演のひとりが笑いを取るのではなく、プロレスのバトルロイヤルさながらに、みんなが他の出演者を蹴落としてでも笑いを取ろうとする構造である。

そういうチームが常に何班か組織されており、それぞれの班に座長がいる。花紀京さんはそんな座長のひとりで、あらゆる座長の中で、いや、あらゆる出演者の中で、群を抜いて面白かった。

花紀京さんには得意のギャグや一発芸があったわけではない。それぞれのシチュエーションに臨機応変なボケで我々を笑い転げさせてくれた人だ。

そう、彼ひとりで面白いわけではないのだ。相手の反応を受けて、それをひねったり裏返したり外したりして笑いを生み出して行くのだ。

岡八郎や原哲夫や間寛平や木村進や中山美保や未知やすえや、いろんな人と組んで、誰と組んでも絶妙に面白かった。抱腹絶倒という言葉は花紀京さんのためにあるのではないかと思うほどだ。

僕は小学生の時に花紀京さんの芝居を見て、「そうか、面白いかどうかは、単に面白いことを言えるかどうかではなく、面白い“間”を取って言えるかどうかにかかっているのか!」と悟った。

笑い転げながら、話術の真髄を垣間見たのである。

花紀京さんは、小学生がクラスメートに話して如何に笑いを取るかの鍵を僕らに教えてくれた。それは関西においては生き抜くための鍵であり、その鍵は、僕らが就職して仕事の上でのトークを展開するときにも引き続き応用されている。

花紀京さんは僕らの人生の最初の師匠であったと言える。それほど大きな存在なのである。

例によって僕は「ご冥福を云々」とは書かない。ただ、人生の師匠に心からの感謝を捧げたい。

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