『風俗で働いたら人生変わったwww』水島かおりん(書評)
【7月9日特記】 風俗を昔と同じレベルで語れなくなったのは、それが社会問題化することが少なくなったからである。食うに困った貧しい百姓が娘を売り飛ばして女郎にする──そういうイメージが長年、現代の風俗産業に至るまでずっと引きずられてきたのである。
かつては、そんな風にしてしか女性が風俗の仕事に就くことはなかった。それは自ら望んでするものではなく、多くは借金を抱えていて、他にどうすることもできず、仕方なく女郎の道を選んだのだ。
ところが今では自分の意志で風俗嬢という職業を選ぶ女性が増えた。大学を出て、最初の就職先が風俗という人もいると聞く。
例えば『新宿スワン』に出てきたような、風俗店の面接に行って「私セックスが大好きだから」などと何度も口走ってしまう娘も出てきた。『風俗行ったら人生変わったwww』で佐々木希が演じたような、目を瞠るような可愛い風俗嬢も現れた。そして、そこら辺のサラリーマンの倍以上の年収を稼ぐ嬢も出てきた。
それは映画の話だろ、と言うかも知れないが、映画はいつも時代を映している。
いや、今でも確かに、例えば『闇金ウシジマくん』で描かれるように、借金のカタに風俗業に従事させられるケースもあるだろう。でも、それは恐らく多数派ではなくなった。
僕らが十代の頃は、風俗に行きたくてもちょっと怖かった。当時の風俗嬢は確かに荒んでいて暗くて怖いイメージだった。
彼女たちは決して望んでこんな仕事をしているわけではないので、当然客へのサービスなんて思いはなく、「やることやったら早く帰んな」というような感じだったのではないだろうか。
時が流れて風俗産業はフーゾクになり、例えばアイドル・ストリッパーとかフードルなどと呼ばれる存在も次々に出てきて、いつのまにかポップで明るいものに変わった。
著者は言う。風俗は今や女の最後の砦ではない。プライドを棄てて裸になれば稼げると思ったら大間違いである。質の悪い風俗嬢は淘汰され、もはや誰にでも務まる仕事ではないのである。
この本はそういう時代背景を受けて書かれたものである。
著者は現役の風俗嬢であり、経営者である。ただし、彼女は単にひとりの風俗嬢という立場でこれを書いているのではない。彼女は、言うなれば「活動家」なのである。
風俗嬢であるというだけで浴びせられる謂れなき誹謗中傷を跳ね除け、黴の生えた古臭い男女観を駆逐し、性に対する態度を読者に再考させ、そして、風俗業の地位を普通の位置まで高めて風俗嬢の労働環境を改善し、旧時代の呪縛から解放しようとしている。
もちろん、何が何でも蛇蝎の如く風俗を嫌悪し、蔑み、忌避し、あるいは排除しようとする人たちは頑として存在する。彼らは自分の考えを偏見ではなく正しい道徳観念だと考えている。
著者はそういう人たちに対して、極めて論理的に、順序立てて、そして、冷静に反論して行く。その態度は見事としか言いようがないし、視点は極めて公平で、論旨は明快である。
少し背伸びして難しい表現を多用しようとする癖があって、たまに用法を少し誤ったりしているところもあり、また、文体はややくどい。だが、それは彼女の文章上の嗜好性の問題であり、「風俗嬢だからそんな文章しか書けない」わけではない──彼女はまさにそういう偏見と戦っているのである。
むしろ、彼女のこの文体は、彼女の真摯な向学心を感じさせる。そして、その真摯さを支えているのは風俗嬢としての誇りと、同業者に対する愛である。
無論、同業者の中にもこの本を快く思わない者はいるだろう。そのことも著者は充分解って書いている。立派な活動家ではないか。僕は素直に感服した。
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