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Thursday, July 30, 2015

映画『海のふた』

【7月30日特記】 映画『海のふた』を観てきた。

豊島圭介監督作品との出会いはテレビドラマ『古代少女ドグちゃん』(合計4話を監督)が最初だったが、映画もオムニバスの『夢十夜』(そのうちの第五夜を監督)と『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』を観ている。

これらのタイトルと比べるとそう感じて当然だと言われるかもしれないが、この監督ってこんなに肌理の細かい、凡そ男性が描いたとは思えないような情趣に溢れた映像を作れる人だったのか、と驚いてしまった。

前作『花宵道中』を見逃していなければ(実際見ようと思っていながら見逃した)、印象も違ったのかもしれない。

とにかく綺麗な画、印象的な構図が多い映画である。引いた画面いっぱいに海や空や樹木や町並みが収められている。

そもそも僕が引いた画と奥行きの深い構図が好きだということもあるのだが、無駄に人物の顔のアップばかりで埋めるのではなく、映画という大きなスクリーンを十全に活かした画作りだと感じ入ってしまった。

撮影は戸田義久である。『誰も知らない』で撮影助手を務めた後、一本立ちし、僕が観た作品では『かぞくのくに』を撮っている。

原作はよしもとばななの小説である。

若い層に人気の作家だというので、僕もかつて何作か読んでみたのだが、年齢のギャップによるのかもしれないが、僕には合わない作家のようで、あまりピンと来なかった。

うまく説明できないが、ちょっと捨象しすぎているように感じるのだった。そして、そういう感性ばかりが成長するのは、若い人たちにとって必ずしも良いことではないようにさえ思った。

しかし、この映画が原作にどれほど忠実なのかは解らないが、僕が原作に対して覚えたような拒否感はなかった。抽象的な匂いは残っているが、ひとつひとつのエピソードが機能的に繋がって、伏線の効いた物語になっていた。

そういう点では黒沢久子の脚本が非常に整理されており、抑制も効いていて良かったと思う。この人は『百万円と苦虫女』や『きいろいゾウ』、『四十九日のレシピ』などと手がけた巧い作家である。

象徴性の高い作品になっていたように思う。

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Tuesday, July 28, 2015

電球に思う

【7月28日特記】 一昨日、風呂場の電球が切れた。幸いにして電灯は2つ付いている。これは多分、1つ切れても入浴できるようにという生活の知恵だと思う。

子供の頃に住んでいた家では、風呂場の電灯は1つしかなかった。真っ暗ではさすがに入浴できない。かと言って、水に濡れる場所なので、ロウソクとか懐中電灯というわけにも行かない。

小さいころに本当にそういう事態になって、風呂場のドアを開け放って、隣の洗面所の照明を頼りに風呂に入った記憶がある。

昔の家はどの部屋も照明は1基しかなかった。

今住んでいるマンションは、狭いトイレはさすがに別として、風呂に2基、洗面所には天井に2つと鏡の上に1つ、キッチンには天井に1つとシンクのすぐ上に1つ、LDK と寝室にも2つずつある。

最初はなんでこんなにたくさん電灯があるんだろ、と思ったが、恐らくこれは電球が切れた時のためなんだろうと最近思い始めた。

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Sunday, July 26, 2015

新伝送路を試す

【7月26日特記】 時々読んで下さっている方の中にはひょっとしたら気づかれた方がおられるかもしれないが、hulu に加入した。

いや、Hulu と書くべきなのかな?(ネット上では Hulu と書かれていることが多いが、ロゴは hulu と小文字である)。

その hulu の社長が登壇したセミナーで1ヶ月無料キャンペーンのコードをもらったのがきっかけである。

観たい人は加入し、観たくない人は加入しない──という単純な世界ではなく、何かのきっかけで加入したらついつい観てしまうという側面もあるのだろう。だから、こういうキャンペーンが功を奏するのである。

で、確かに観てしまう。外国のドラマなども多いが、僕は日本のものばかり観ている。そして、日本のテレビや映画のコンテンツはまだまだ棄てたものではないと実感している。

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Saturday, July 25, 2015

川の流れる街で

【7月25日特記】 島田歌穂の『川の流れる街で』という歌をご存じだろうか? いや、僕も最近までそういう人が歌っているそういうタイトルの曲だとは知らなかったのだ。

でも、大阪に住んでいたり通っていたりする人、特にキタの住民なら誰でも知っている歌である。

知らない人は、川の流れる街なんてどこにでもあるだろう?と思うかもしれない。確かにただの街ならどこにでもあるだろう。しかし、ここで歌われているのは川の流れる地下街なのである。

と、ここまで書けば(キタの住民には)もう分かっただろう。そう、♪ Have a nice day. Have a good day. というアレである。阪急三番街でよく流れているあの歌である。

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Thursday, July 23, 2015

『寂しさの力』中森明夫(書評)

【7月23日特記】 アイドル評論家が少し毛色の変わった本を書いたな、と思って手に取った。帯には「成功はさみしさから生まれる」とか「生きることは(中略)さみしさを肯定することです」などとある。

僕はこれを読んで、「ははあ、この人は『寂しさ』を『さびしさ』ではなく『さみしさ』と読んでいるのか」と、変なことに気が行く。「もうひとつ言えば、僕は『寂しさ』ではなく『淋しさ』という漢字を使うなあ」などとも思う。人は違うのである。

さて、そんなことはどうでも良いとして、これはその『寂しさ』をパワーと認定した書物である。

その見解に対して僕は、「ああ、なるほど、そういうことか! 目から鱗が落ちた」などと感動したわけでもなく、「そうそう、そうなんだよ。僕と同じことを考えている人がいたぞ!」と激しく同意したわけでもない。どちらかと言えば、「そりゃ、ま、そうでしょうよ」という軽い感じである。

ただ、その底流にあるのは、僕がものを考えるときに基本的な指針にしている「逆説的にものを捉える」という姿勢がある。だから、この本は非常にすんなりと、まるで水を飲むように僕の体内に取り込まれた。

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Wednesday, July 22, 2015

株価に思う

【7月22日特記】 昨日、東芝の田中社長が不正会計の責任を取って辞任した。いや、田中社長だけではない。歴代3社長が全て辞任したのに留まらず、結局取締役16人のうち半数が引責辞任することになった。尋常なことではない。

しかし、昨日東芝の株は結構値上がりしたと聞く。

なんじゃ、そりゃ、と思うが、いや、株の売買ではこういうことはよくある。

思い起こせば僕が株に手を染めてすぐのこと、雑誌の記事を信じて買った某メーカーが、予想外の業績不振に陥り、大幅な赤字決算予想を発表した。

株価はみるみるうちに暴落し、僕は「しまった!」という後悔と「早く何とかしなきゃ」という焦りから投げ売りをした。所謂「狼狽売り」という奴である。

ところが、その翌日からその会社の株は鰻登りである。曰く、「悪条件は出尽くした」。

「悪条件は出尽くしたって、なんじゃ、そりゃ!」と思った。「そんなん、アリか」と声に出して言った。株価とはそういう理不尽なものである。

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Tuesday, July 21, 2015

『時をかける少女』

【7月20日特記】 hulu で細田守監督の出世作『時をかける少女』を観た。『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』と3作連続で映画館で観て、これだけ観てないのもアレかな、と思ったから。

いやあ、これは情感たっぷりな、本当に良くできたアニメである。『おおかみこどもの雨と雪』や『バケモノの子』が子供騙しだとまでは言わないが、それらに比べると遥かに大人っぽい、しっかりと大人向きの作品である。

大人向きすぎたせいか、タイム・リープの回数のカラクリなどちょっと難しくて、なんだかあまり理解できないところもあったが、多分もう一度見たら解ると思う(笑)

──そう、あんまり解らなかったけどまあいいや、ではなく、是非もう一度観たいと、大人が思うような作品なのである。

しかし、そこで展開するのは大人の社会の物語ではない。これは SF の衣をまとってはいるが、紛れもない青春ドラマである。僕らは決してこんな SF的な経験はしていないものの、しかし、誰もが経験をしたような青春が描かれているのである。

やっぱり何を措いても奥寺佐渡子の脚本が素晴らしいと思うが、プロットは恐らく細田監督によるものなのだろう。筒井康隆の原作を基に、しかし、そこからは一歩も二歩も踏み出して、よくぞこういう設定と展開を考えたと思う。

特に、時を超えるために文字通りジャンプするという発想と、そのジャンプのシーン、リープした直後のシーンの、アニメとしての描き方が秀逸である。

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Monday, July 20, 2015

7/20サイト更新情報

【7月20日特記】 サイトを更新しましたのでお知らせします(このブログではなく、併設している私のHPの更新案内です)。

今回はレギュラーのことばのエッセイの更新と、時々書き加えている音楽のエッセイのリストへの追加があります。

言葉のエッセイは、外来語について最近感じたことを書きました。音楽エッセイのほうは、時々やっている転調名作選への追記です。例によってどの曲を加えたかは書いていませんが、今回はどの曲かすぐに分かるでしょう。

というわけで、今回の更新は下記の通り:

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Sunday, July 19, 2015

映画『バケモノの子』

【7月19日特記】 映画『バケモノの子』を観てきた。細田守監督。

バケモノの子と言っても、バケモノの子孫ではないし、前作『おおかみこどもの雨と雪』みたいにバケモノと人間の間に生まれた子どもでもない。バケモノに育てられた子どもの話である。

映画は最初のひと言を聞いただけで、あっ、大泉洋だ、と判る声で始まる。ナレーターかと思ったらそうではなく、喋ってはいるが描かれてはいない所謂「オフ」の場面だっただけで、やがて大泉が声を務める猿のバケモノ・多々良の絵が出てくる。

すると、多々良の隣にいる豚のバケモノ・百秋坊はリリー・フランキーだとすぐに分かる。そして、その2人の目下の話題であり、2人の目の前にいるバケモノ・熊徹が役所広司であることにも間もなく気がつく。

この映画には他にも著名な俳優が大勢アフレコをしている。熊徹に育てられた人間の少年・九太が17歳になった途端に声優が変わるのだが、これもひと言目で染谷将太だと分かった。

バケモノ界の最高指導者・宗師の声も、ずっとどこかで聞いた喋り方だと思っていたのだが、中盤を過ぎたところで津川雅彦だと気づいた。

9歳の時の九太と女子高生・楓の声がそれぞれ宮﨑あおいと広瀬すずだと見破れなかったのが悔しい。

こういう巧い役者たちに声をやらせたことが、この映画の成功の大きなポイントになっていると思う。こう言うと申し訳ないが、TVアニメばかりやっているプロの声優たちは、どうしてもパタン化してしまう傾向がある。

プロの俳優のほうが、遥かに引き出しが多いのである。だから台詞に変化がついて、場面にメリハリが出てくる。

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Saturday, July 18, 2015

『クール・ジャパン!? 外国人が見たニッポン』鴻上尚史(書評)

【7月18日特記】 これはどちらかと言えば鴻上尚史の本ではない。彼が足掛け10年司会を務めているNHK-BSの『cool japan』という番組の本である。僕はちらっと観たことがある程度である。

この番組はスタジオに、日本に来ている外国人を呼んで、ある時は番組スタッフが選んだ如何にも日本らしい物を見せ、ある時は日本人にはちょっと思いつかない日本の素晴らしさを外国人に語らせるような番組である。

そして、外国人ゲストは、時には日本全体を否定するような、スタッフも予期しなかった「ぶち壊し発言」をすることもある。その辺が、鴻上が司会をしていて一番面白いところのようだ。

で、この本は言わばその番組のダイジェストである。

読み進んで行くと、え、それって外国にはないの、とか、日本人にとっては当たり前のそんなものが外国人にはカッコイイのか、とか、へえ、それも日本で生まれたものだったのか、とか、いちいち驚きがある。なるほど言われてみればそうかもしれないと納得もする。

本の大部分はそういう番組事例の羅列である。ひとつひとつの事例はとても興味深いのだけれど、しかし一方で、如何にも鴻上尚史らしい分析や推論は、あるにはあるのだけれど、あくまで随所に見え隠れするという程度である。

そういう意味で、鴻上尚史のファンで彼の著作を何冊も読んでいる人にとっては、少し物足りない本かもしれない。

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Friday, July 17, 2015

本を売る #7

【7月17日特記】 前回初めて Amazon に本を売ってみてから約1ヶ月。今度はこれまで5回売ってきたネットオフにまた本を売った。前の記事にも書いたように両社を併用して行こうという考えである。

ここの買取値段には正直言って期待できない。目利き的な価格査定は期待できず、ほとんどグラム幾らで買っているのではないかと思うほどである。

過去5回の平均買い取り価格は1冊あたり65円、28円、95円、66円、36円である。それ以外に「これは書物としては買い取れない」と判断されたものについては「資源リサイクル」という名前が付けられて、1冊あたり1円で引き取られる。

今回は50冊売って、そのうち17冊(ちなみにこれは史上最高冊数)が資源リサイクル、すなわち合計17円である。

で、残り33冊が合計1670円、1冊あたり51円ということで、ネットオフ(旧イーブックオフ)の付けた値段としてはまあ中くらいということか。

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Wednesday, July 15, 2015

2冊のデスノートから

【7月15日特記】 hulu で日本テレビの『デスノート』の初回を見た。まさに「見逃し視聴」という奴である。

ネット上にはこのテレビ版が原作と随分違うという不平不満がかなり書き込まれているらしい。

僕は原作は知らないが、金子修介監督が2006年に撮った映画2部作と2008年のスピンオフ企画『L Change the WorLd』は全て観ており、それらと今度のテレビを見比べると確かに随分印象が違う。

リュークの CG だけは同じ(つまり両方とも原作に忠実なのだろう)だが、話の運びも違うし、キャストのイメージもかけ離れている。例えば夜神総一郎役の鹿賀丈史と松重豊を比べてみれば良い。

そして、テレビ版のほうは、何よりも脚本・演出ともにちょっと荒っぽいというか、雑な感じがあって、そこがどうも乗り切れない。

映画の方は藤原竜也と松山ケンイチという個性も強く演技力もある役者を2人揃えて、人物の色合いは非常にくっきりと描かれ、また存在感も大きかった。特に松山ケンイチが極めてエキセントリックに演じたLは原作とそっくり、いや、原作を凌いだとまで言われた。

テレビ版のほうでは、窪田正孝が藤原竜也とはまた全然違う夜神月(キラ)を演じていて、原作とどれくらい近いかは別として、彼らしい熱演であるし、それはそれで僕は好感を持って観た。

ただ、他の若い役者たちはちょっとしんどいかなという気がする。

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Monday, July 13, 2015

Retarget me!

【7月13日特記】 買おうと思って検討を始めている商品がある。2回ホームページを見に行ったが、まだ買うには至っていない。

やっぱり買わないと決めたわけではない。買うかどうかうじうじ迷っているわけでもない。ちょっと高価な商品だけに慎重に検討しているだけのことで、検討の結果条件が合えば買う気がある。

で、とりあえず今日のところはホームページを閉じたが、またいつかこのページを開くことになる。

そういう場合、昔であればこのページをブックマークしておいたはずである。

しかし、今はそういう気遣いをしなくて済む場合がある。

それはリターゲティング広告である。業界ではリタゲと略されたりもする。一度検索した商品のバナーが現れたりするアレである。

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Sunday, July 12, 2015

Google帝国の国境線から

【7月12日特記】 多くのものに栄枯盛衰がある。僕の PC 周りでは Google 帝国の天下が長い。

Google が現れた時に、僕はずば抜けた能力のそのサーチ・エンジンに飛びついた。あれから10年以上経つが、僕はあの日以来 Google 以外で検索したことはほとんどない。

その延長上で、と言うか、信頼感の延長上で、僕はブラウザを Chrome に変えた。これももう随分前だ。タブ・ブラウザとか拡張機能というシステムが新しく、使い勝手が良かった。

そして、IME も Google日本語入力に変えた。

この IME は正直なところあまり賢くない。ただ、ネット上の使用例から引っ張ってくるだけに、固有名詞には圧倒的に強く、例えば映画の出演者で、上から20番目にクレジットされているような役者でも一発で出てくる。

これは僕の趣味や仕事の上で圧倒的な力を発揮する。

それから YouTube。

僕はネットで動画をそれほど観るわけではないが、ここでもあまり意識しない忠誠心が働いている。

動画を探すとき、僕はいきなり検索するのではなく、まず YouTube に行って、そこの検索窓に打ち込む。つまり無意識のうちに最初から YouTube に絞っているわけだ。

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Saturday, July 11, 2015

映画『きみはいい子』

【7月11日特記】 映画『きみはいい子』を観てきた。

呉美保監督作品を初めて観たのは『オカンの嫁入り』だった。大竹しのぶと宮﨑あおいという巧い女優を揃えて、とても良い作品だと思ったが、世間の注目度は低く、「この監督、きっとこのまま消えちゃうんだろうな」と思った。

ところが次の『そこのみにて光輝く』がものすごい受賞ラッシュとなった。いや、賞を獲っただけではなく、とんでもなく凄みのある作品だった。

その延長上でこの『きみはいい子』を観ると、この監督はどんどん伸びているなと実感できるような作品だった。

ストーリーはいくつかのエピソードが交錯する。どこの都市かは知らないが、観覧車が見える印象的な風景の町並みである。

ひとつは尾野真千子扮する娘を虐待する母親の話。

娘が憎いわけではない。娘に対する愛情はある。でも、ときどき娘がしでかす粗相に沸き上がる怒りを抑えることができず、暴力を振るう。その裏には自分が子供の時に親から暴力を受けたトラウマがある。

映画は彼女が娘をいたぶるシーンから始まるが、これがかなり痛々しくて、重苦しい。彼女と娘がマンションの廊下を向こうに歩いて行くのをカメラが引きながら撮っている(つまり、人物はかなりの速さで小さくなる)のが怖い画になっている。

その対照として、池脇千鶴扮するママ友が描かれる。ふたりの子どもをバランス良く育て、ある時は可愛がりある時はメリハリ付けて叱る。尾野真千子も巧い役者だが、池脇千鶴の自然な演技は桁外れに巧い。

2つめは高良健吾が演じる新米小学校教師の話。

てんでに言うことを聞かない子どもたち、身勝手なクレームを入れてくる親たち、今イチ溶け込めない同僚教師たちの間で、半ばふてくされながら、それでも一生懸命やっている。

その彼を悩ませるのが、教室でおしっこを漏らした男児。苛められて帰宅してしまった女児。継父から帰ってくるなと言われて、雨の日もずっと校庭にいる男児など。

さらに、喜多道枝扮する、学校の近くに住む認知症の老女が描かれる。

彼女と絡むのは毎日彼女の家の前を通って帰る障害のある男児。彼は高良健吾の勤める小学校の障害者クラスの生徒で、スーパーに勤める母親を富田靖子が、担任教師を高橋和也が演じている。

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Friday, July 10, 2015

鯖を読む

【7月10日特記】 妻の PC で急にメールが受けられなくなった。僕の PC ではそんなことはない。何故なら僕は妻とは違うプロバイダのメール・アカウントを使っているから。

そもそもはマンションを買った時に付随していたプロバイダのアカウントを2人で1つずつ使っていたのだが、ある時期から僕のアカウントを妻に渡し、彼女はその2つのアカウントを使い分けるようになった。

僕はたくさんアカウントを持っているが、家の PC のメーラに設定しているのは、人生最初の PC 以来使い続けている nifty のアカウントだけである。

というわけで、妻のメーラの不具合はこのマンション・デフォルトのプロバイダの問題である。

このプロバイダからは実は5月の時点で、6月いっぱいで送信の認証方式を POP before SMTP から SMTP Auth に変更するので設定を変えてほしいという連絡が来ていた。時代の趨勢である。

この設定変更自体は難しいものではない。従来の POPサーバと違うサーバを使うのであれば、サーバ名も入れ替えなければならないが、そうでなければほとんどポート番号を変更するだけのことである。

で、この設定変更は僕がやった。5月から暫くは POP before SMTP と SMTP Auth を併用するとのことだったので、変更後ももちろん問題なく送受信できていた。

ところが、一昨日、久しぶりに妻が PC を開いてみたら受信できないという。原因が判らない。

認証方式は 7/1 に変わったはずだが、メーラには 7/3 のメールまで取り込んでいる。何故急に?

こうなってくると、にわかに何が悪いのか分からなくなるものである。

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Thursday, July 09, 2015

『風俗で働いたら人生変わったwww』水島かおりん(書評)

【7月9日特記】 風俗を昔と同じレベルで語れなくなったのは、それが社会問題化することが少なくなったからである。食うに困った貧しい百姓が娘を売り飛ばして女郎にする──そういうイメージが長年、現代の風俗産業に至るまでずっと引きずられてきたのである。

かつては、そんな風にしてしか女性が風俗の仕事に就くことはなかった。それは自ら望んでするものではなく、多くは借金を抱えていて、他にどうすることもできず、仕方なく女郎の道を選んだのだ。

ところが今では自分の意志で風俗嬢という職業を選ぶ女性が増えた。大学を出て、最初の就職先が風俗という人もいると聞く。

例えば『新宿スワン』に出てきたような、風俗店の面接に行って「私セックスが大好きだから」などと何度も口走ってしまう娘も出てきた。『風俗行ったら人生変わったwww』で佐々木希が演じたような、目を瞠るような可愛い風俗嬢も現れた。そして、そこら辺のサラリーマンの倍以上の年収を稼ぐ嬢も出てきた。

それは映画の話だろ、と言うかも知れないが、映画はいつも時代を映している。

いや、今でも確かに、例えば『闇金ウシジマくん』で描かれるように、借金のカタに風俗業に従事させられるケースもあるだろう。でも、それは恐らく多数派ではなくなった。

僕らが十代の頃は、風俗に行きたくてもちょっと怖かった。当時の風俗嬢は確かに荒んでいて暗くて怖いイメージだった。

彼女たちは決して望んでこんな仕事をしているわけではないので、当然客へのサービスなんて思いはなく、「やることやったら早く帰んな」というような感じだったのではないだろうか。

時が流れて風俗産業はフーゾクになり、例えばアイドル・ストリッパーとかフードルなどと呼ばれる存在も次々に出てきて、いつのまにかポップで明るいものに変わった。

著者は言う。風俗は今や女の最後の砦ではない。プライドを棄てて裸になれば稼げると思ったら大間違いである。質の悪い風俗嬢は淘汰され、もはや誰にでも務まる仕事ではないのである。

この本はそういう時代背景を受けて書かれたものである。

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Wednesday, July 08, 2015

millionaire?

【7月8日特記】 本日、このブログのアクセス・カウンタが100万を突破した。人気ブログから見たら「なんだ100万か」というレベルかもしれないが、僕にとっては割合大きな節目である。

ちなみにここまでの記事数は3100。記事1編あたり322ページビュー。

このブログを始めたのが2005年5月24日だから丸10年とちょっとである。途中の予想では、10周年と100万突破が同日ぐらいのタイミングで来るはずだったのだが、終盤に来てかなりペース・ダウンしてしまった。

50万を突破したのが2011/1/22で2070日目、その775日後の2013/3/7に75万突破、そして今日はその853日後である。50万~75万に比べると75万~100万の鈍化は明らかである。

ただ、最初の50万と次の50万を比べると2070日:1629日と早まっているのが分かる。

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Monday, July 06, 2015

ウクレレの弦、ウクレレの響き

Ukuleles

【7月6日特記】 ウクレレを弾き終えてケースにしまっておく。翌日(あるいは翌週かもしれないが)ケースから出して弾こうとするとチューニングが狂っている。どの弦も音が低くなっている。

僕はこの現象を、あまり何も考えずに「弦が弛む」と言っていた。イメージとしても、固く巻いたつもりでもやはりどこかでほどけてしまうようなところがあり、弦がほんの少しずつ滑って弛んで行く様を思い浮かべていた。

ところが、何の気なしにネットでウクレレ関係の動画を観ていたら、「ウクレレは弦が伸びるので」と言っているのが耳に入ってきた。

そうか、僕は間違っていたのである。弦が弛むのではなく、弦が伸びるのである(まあ、伸びた結果弛んだとも言えるのだが)。だから音程が下がるのである。

つまり、これは構造的な問題ではなかったのだ。いや、広く構造的な問題と言えばそうだが、システムの問題ではなく素材の問題なのであった。

ウクレレの弦は一般にナイロンなのである。伸びて当然である。

僕がウクレレの前に弾いていたのはフォーク・ギターだった。弦はスティールだ。どんな物質でも幾許かは伸びるのだろうが、スティールは人間の目に見えるほどは伸びない。

だから、もし音程が下がっているとしたら、それは恐らく弦が伸びたのではなく巻きが甘くなったのである。そうか、だから、ウクレレも同じように考えたのだ。

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Sunday, July 05, 2015

7/5サイト更新情報

【7月5日特記】 サイトを更新しましたのでお知らせします(このブログではなく、併設している私のHPの更新案内です)。

ここのところまたやや停滞気味で、2回連続でレギュラーのことばのエッセイ1編のみになってしまいました。今回は理屈っぽくて嫌気がさす人がいるかもしれませんが、理屈について真剣に書いています(笑)

というわけで、今回の更新は下記の通り:

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Saturday, July 04, 2015

映画『コングレス未来学会議』

【7月4日特記】 映画『コングレス未来学会議』を観てきたのだが、このタイトルはちょっと変だ。だって、congress は(大きな)会議という意味なのだから。

ちなみに原題は THE CONGRESS で、原作の邦題が『泰平ヨンの未来学会議』である。

だから『コングレス』がメイン・タイトルで『未来学会議』がサブだと言うのならまだ解らないでもないが、スペースも空いてないし、どう見てもこれは一続きのタイトルのつもりらしい。

原作はポーランドのSF作家スタニスワフ・レム(Google日本語入力で「すたにす」まで打ったらフル・ネームが出てくるほどの著名な作家であるらしい)の小説。

ただし、監督のアリ・フォルマンはこの SF小説をかなり改変し、また、新しい人物や設定、物語を書き加えていると言う。で、パンフを読んだ感じでは、この映画の面白さはまさにそんな風に書き加えた部分にあるようだ。

だから、この映画化は成功だと言える。

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Thursday, July 02, 2015

『明日のプランニング』佐藤尚之(書評)

【7月1日特記】 さとなおさんの『明日の広告』『明日のコミュニケーション』に次ぐ第3弾。タイトルを見るだけでこの人が如何に未来志向で、かつ如何に未来に対する希望を維持しているかが分かる。

さて、これまでの本ではどちらかと言えばネット側に重心を置いての理論展開であったと思うのだが、今回は本を開いてすぐに「あ、そう来たか!」と思った。

広告のプランニングをする上で、ネットとは遠いところで暮らしている人たちと、ネットのヘビー・ユーザを分けて考えようというのである。解りやすく単純化すると、初めに場合分けをして、その2つに別々に対処しようということなのである。

そういう時代になったのである。

僕はテレビ局に勤めている。会社では決して「もうテレビはダメだから捨てて、ネットの世界に移行しよう」などとは言っていない。「テレビがテレビとしてやらなければならないことはしっかりやった上で、一方でほとんどのことをネットで済ませテレビをめったに見ない層が出てきているので、その層にちゃんとコンタクトを取る必要がある」と言っているにすぎない。

だが、これが通じない人には通じないのである。何故か? 彼らは頭ごなしに「そんなことはない」と結論づけるからである。根拠は「自分はそんなことはないから」。さとなおさんも「ことほどさように、人間、自分に合わせて世の中を見るものである」と書いている(62ページ)。

僕はそういう人たちに対して、「世間にはあなたがたのような生活を送っている人もいれば、全然違うライフ・スタイルの人たちもいます。残念ながらいっぺんに両方に届くコミュニケーションはないので、別々に考える必要があります。こっちにはあれをやって、あっちにはこれをやりましょう」などと、もっと広く丁寧に説き起こすべきだったのである。

それは単に上司を説得して動かすための方便なのではない。それは、この書物、この理論の土台となる部分なのである。

さとなおさんの言う「砂一時代」(この比喩も非常に面白い)に何かを伝えようとするなら、まずそういう風に二分して考える以外に方法がなくなってしまったということである。

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Wednesday, July 01, 2015

アプリに倦む日

【7月1日特記】 「アプリは落としてくれるんだけど、その後忘れてしまったのか全然使ってくれた形跡がない」「無料のアプリはダウンロードしてくれるけど、そこから先、有料のオプションには却々進んでくれない」

──恐らくそれが少し前まではアプリ提供企業の典型的な悩みだったのではないだろうか。でも、ここに来てそれが少し変わってきた気がする。

自分がそうだからそう思うのかもしれないが、(たとえ無料であっても)そもそもアプリをおいそれとダウンロードしなくなったような気がする。

かつてはあれも面白い、これも役に立ちそうと、調子に乗ってどんどんダウンロード/インストールしていたが、ある日突然「ちょっとアプリ増えすぎたかな?」と思うのである。

もちろん、いくら入れても入れすぎたと感じないユーザもいる。でも、そんな人たちが少しぐらいいたって大した影響はない。

20個で入れすぎたと思う人もいるだろうし、200個ぐらいになって初めて「ちょっと多いかな?」と気になり始める人もいるだろう。その辺は人それぞれである。

ただ、それぞれの人が、それぞれの感覚で、どこかの時点からインストールを躊躇するようになっているのではないだろうか?

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