ドラマW『十月十日の進化論』
【5月3日特記】 録画しておいたドラマW『十月十日の進化論』を観た。第7回WOWOWシナリオ大賞受賞作である。
タイトルから明らかなように妊娠の話である。よくもまあこんな地味な話をと思ったが、よくできた本である。これは生物学上の女性でないと決して書けない。脚本を書いたのは栄弥生という人。多分出産経験者だろう。
大学の研究室で昆虫の研究をしている小林玲(尾野真千子)、35歳、独身。持ち前の勝ち気で妥協のない性格が災いして、研究室を馘になってしまう。
そして、その夜に偶然、7年ぶりに出会った元カレ・安藤武(田中圭)と、酒の上の過ち(?)を経て妊娠してしまう。
玲は産むことにする。しかし、近くにいるのに、そして、玲に対してまんざらでもなさそうなのに、安藤には言わずに産むことにする。そして、プライドを捨てて近所の昆虫館の雑用係のアルバイトに応募し、そこで働くことになる。
玲には和歌山で給食調理の仕事をしている母親がいる──小林文子(リリィ)。彼女もまたひとりで子供を産んだ。娘と同じく負けん気が強く、愛する男のために身を引いた形だが、以降誰にも頼らずにひとりで生きてきた。
玲の父・中村(でんでん)は未練を残したまま他の女と結婚した。その時には玲が文子のお腹の中にいることを知らなかった。しかし、結局すぐに離婚し、それ以降、文子の面影をずっと追い続けている。
ドラマの中では描かれていないが、その後どこかで娘の玲と知り合い、彼女は父の経営するスナックに通っている。安藤と玲が再会したのもその店だ。
玲=安藤と文子=中村の2つのカップルが相似形の2重構造になっている。ともに男のほうは女に思いを残しながら巧く伝えられない。女のほうは男に頼らず自立しようと意地を張っている。
この辺りの構成が非常に巧くて面白い。
そして、玲は無理がたたって倒れ、結局和歌山に帰って母と一緒に暮らすことになる。
倒れた病院で、母が娘の髪を洗ってやるシーンがしっとりと美しく、心に沁みてくる。負けん気で生きてきた母と娘。安藤に「そんなの自立じゃなくて孤立だ!」と言われたような生き方を貫いてきた2人。
玲の家で2人が7年ぶりに結ばれた夜のシーンで、安藤が寝ぼけて障子紙を蹴破ったり、翌朝は寝違えていて首が曲がったままになっているところがあるのだが、そういうのが後々のシーンに見事に繋がってくる。
非常によく計算されているだけでなく、その発想がとてもユーモラスである。進化論と結びつけた着眼点も独特である。
ストーリー自体は、まあそういう形に収まるしかないわな、というところに収まる。だから驚きはない。でも、清々しい思いをさせてくれる。
演出は映画『箱入り息子の恋』の市井昌秀監督。非常に巧い。この人の手腕もあって、良いドラマになった。
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