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Sunday, May 17, 2015

映画『百日紅』

【5月17日特記】 映画『百日紅』を観た。

僕はかつて杉浦日向子の漫画を毎週読んでいた時期があった。何という雑誌に連載された何という作品だったか定かな記憶がないのだが、でも、北斎父娘の話だったので、この作品に違いない。

映画であれ小説であれ時代劇嫌いの僕が、どことなく惹かれて、毎週楽しみに読んでいた。それはお栄が現代の女性像に繋がる描き方をされていたからかもしれない。

後に杉浦日向子が荒俣宏の奥さんだと知って、それも彼女に対する好感に繋がった(すぐに別れちゃったけどね)。

僕はアニメの世界はあまり詳しくないので、原恵一という監督のことはよく知らない。ただ、あの杉浦日向子の作品をプロダクションI.G がアニメーション化するのであればきっと良いだろう、観たい、と思った。

昨今流行りの 3DCG ではないので、全般にのっぺりした画風ではあるが、風情のある作りである。

予想に反して、感心したのはまず音であった。

冒頭、駆け出し絵師のお栄が父親の葛飾北斎を語るところで、北斎が巨大な筆で120畳(だったか?)の大きな紙に龍を画くシーンがある。

そこで北斎が紙の上を歩く軽く乾いた音が伝わってきた。

お栄の妹で目の不自由なお猶という登場人物が描かれることもあって、この映画は音によく気配りできている。

風の音、川のせせらぎ、鳥の囀り、遠く聞こえる火事の半鐘、雪を踏みしめる足音、枝から積もった雪の落ちる音、そして雪の日の静けさ...。

派手な音ではない。どれも微妙な音だ。その微妙さがよく取り込まれている。

もちろん音だけではない。アニメ作品の真骨頂は画である。

たとえば影の描き方にもはっとさせられる。歩いている時に周りの建物の形によって突然陽が差したり陰ったりする細かい描写。

そうそう、僕らの少年時代にはまだこんな風に、カンカン照りの中を一歩入ると暗闇に近い日陰があったりもした。

江戸の話であっても、今のアニメは構図をカメラの動きで切って行く(つまり、視点が転ずる、動く、寄ったり引いたりする、非人間的な位置から見る)。その現代的なカット割りの中をお栄が駆けて行く。

犬のあくびなど、ストーリー上は不必要な描写が画にリアリティを与える。

雲が流れる。花弁が匂う。蚊帳の上でカマキリが斧を振りかざす。お栄の下絵を吹き飛ばしながら、突風が長屋の中を吹き抜けて行く。

そう、僕らは元々こんな風にいろいろなものを五感で体得してきた。僕らにはもっとこういう形での刺激が必要なのだ。

小学校の国語のテスト問題にある「作者が一番言いたかったことは何ですか?」という愚問に、容易に、安易に答えさせないしたたかな刺激が。

物語は江戸の風俗と、『聊斎志異』めいた怪異譚と、親子の情と、若干のエロチシズムが綯い交ぜになって、混沌としたまま、心の深いところにある襞の隙間に染み込んで来る。

良い話である。良い刺激である。そして、印象的な絵柄である。

両国橋がとても美しい。

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