替えズボンを考える
【4月30日特記】 スーツの替えズボンというものをお持ちだろうか? 昔はスーツを買おうとすると、よく買えズボン付きを勧められたものだ。「ズボンから先にダメになりますから」と。
ところが、僕の経験ではズボンはそう簡単にダメにはならない。ボタンが取れることはあるが、それはまた縫い付ければ良い。裾が切れる場合もあるが、それはそもそも丈が長すぎるからだ。もう5mm短くすると長持ちする。
それからポケットの玉縁が切れる──恐らくこれが一番厄介な現象だろう。でも、かけはぎである程度修復できる。
そんなことが分かってくるのは、ズボンを何年も履いて、そろそろそれが寿命を迎えたころである。
僕の場合は、上着1着+ズボン2本の組合せで買うと、ズボンが2本とも大丈夫なうちに上着のほうがダメになる。
大体は内ポケットである。上着の外見上問題はないが、内側のポケットの縁が切れ、中が裂け、底が抜ける。つまりは物が入れられない。物が入れられないポケットはもはやポケットではなく、ポケットが使えない上着は上着ではない。
しかも、内ポケットは構造が複雑な上に、内側なので容易に縫えず、素人にはとても修復できない。かくして上着はダメになる。ズボンはまだ傷んでいないうちに。
しかし、大学を出て会社に入り、最初にスーツを買う時にはそんなことは知りようもない。だから、店員の言うとおりに替えズボン付きを買った。
そして、それを何年も着古したころに初めてズボン2本は要らなかったと気づく。スーツが1揃ダメになるだけの長い期間をかけて学習したのである。
それ故、以降は替えズボン付きを選ばないようになる。しかし、スーツなんてそうしょっちゅう買うものではないので、次に買う時には少し記憶(というか後悔)が薄れて、また店員の言うままに替えズボン付きを買ってしまったりもする。
そういうことを重ねて、やっと替えズボン付きを一切買わないようになる。
今僕は替えズボン付きのスーツをまだ1着だけ持っている。これはいつ買ったのだろう? ひょっとすると、もう20年以上も着ているかもしれない。
そして、そのスーツの上着は今、ありとあらゆるポケットがダメになってきている。鍵を入れると内布の裂け目から落ちてしまう。定期を入れると内布の破れに引っ掛かって取り出せない…。
で、ズボンは2本ともきれいなままだ。
みんなそうではないのだろうか? 店員が勧めるということは、やはり僕以外はズボンからダメになるのだろうか? どんな風に? 例えば、他の人はみんな太腿に大量の汗をかいて生地が傷んでしまうとか?
なんであれ、僕の場合は上着からダメになる。
仕方なく上着だけ棄てる。揃いのズボンが2本残る。これが一番無残な最期である。
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