映画『くちびるに歌を』
【2月28日特記】 映画『くちびるに歌を』を観てきた。
僕は三木孝浩監督の劇場用長編映画については、デビュー作の『ソラニン』以来、『管制塔』を除く全ての作品を観てきたのだが、この監督、見れば見るほど好きになってしまう。
今回もとても良い映画だった。
まず、舞台が良い。良いと言うのは映画向きだという意味で。
舞台は島だ。島の高台から見下ろす港の画とか、海岸沿いのくねった道路とか、とても絵になる。そして学校だ。他のところにも書いたが、学校というロケ場所は高さも奥行きもあって、風景の中に人工的な幾何学が埋まっているのが美しい。
しかも、その島は長崎の五島列島だ。キリスト教の古い歴史がある。主人公が通う教会がある。教会もこれまたとても絵になる建物である。
その島に通うフェリーの甲板上から右手に流れる向こう岸を狙ったのがオープニングの構図。向こう岸を見せたいのではない。甲板上のベンチに横たわる女性の後ろ姿を見せている。
それが島の中学に赴任してきた音楽教師・柏木ユリ(新垣結衣)。彼女の中学の同級生で、生まれ故郷のこの島で音楽教師をしていた松山ハルコ(木村文乃)の産休代用教員である。
音大出の、元は有名なピアニスト。それが「ピアノは弾かない」という約束でやってきた。生徒たちに「テキトーによろしく」などという挨拶をする。ふてくされている。ピアニスト時代に何かあったらしい。
柏木は松山が顧問を務めるコーラス部の指導も引き継ぐことになった。
部長は仲村ナズナ(恒松祐里)、しっかり者のツインテール。両親はおらず祖父母と暮らしている。コーラス部には元々女子しかいなかったが、美人の先生が来たというので、冷やかし半分に男子が何人か入部してくる。
その中の一人(と言っても彼は柏木先生目当てではなく純粋にコーラスに魅せられて入って来た)が、声変わり前の、背も伸びきっていない、本当に華奢な中学生体型の桑原サトル(下田翔大)。
サトルには自閉症(と言うより、知的障害に見える)の兄・アキオ(渡辺大知)がいて、毎日サトルが送り迎えをしている。
そもそもはアンジェラ・アキの大ヒット曲『手紙 ~拝啓 十五の君へ~』があり、そのアンジェラと五島の中学生が交流するTVドキュメンタリがあり、それをヒントに中田永一が書いたベストセラー小説が原作である。
話自体は素直な良い話である。逆に言うと、そんなに劇的な起伏はない。でも、原曲の歌詞が折り込まれ、誕生と死が描かれ、人間の良い面・悪い面を一緒に見せられていると、いつの間にかそれぞれの登場人物に深く感情移入してしまう。
僕は何度も落涙してしまった。
そして、お話よりも先に、最初から目につくのは画の素晴らしさ。
冒頭に書いた島の自然の景色、校舎を活かした構図などもあるが、それよりも人である。
今回は被写界深度を浅く取って、複数の人間がいるシーンでひとりの人物に焦点を絞っていることが多い。少しわざとらしいほど人物にコントラストをつけるのであるが、それがものすごく鮮やかで美しいのである。
1ショットの時は背景は極端にぼやけていることが多い。2人の場合には2人をわざと縦に並べて、途中で焦点を切り替えてくる。
映画の中で初めて柏木が鍵盤に触るシーンでは、柏木と壁の標語との間でフォーカスを切り替える。──この辺りはものすごく巧い演出だと思う。
歌う前に全員がさっと足を肩幅に開くシーンが何度か繰り返されるが、この緊張と躍動を重ねて描いた凛々しさ!
そして、脚本の素晴らしさ。
人物の造形がよく出来ている。しっかりと作り上げた人物が、映画の中で勝手に動き出す感じさえある。
かつてのクラスメートである松山と柏木の友情、ナズナとナズナに淡い恋心を抱くケイスケ(佐野勇斗)、サトルとアキオの兄弟、それに父(小木茂光)と母(木村多江)を加えたサトルの家族たちとの微妙な空気。そういう人たちの関係性が見事に描かれている。
そして、エピソードを巧みに縫い込んで、物語の最初のほうで蒔いた種を終盤になって連続的に刈り取って行く見事な構築力と手際の良さ! ストーリーの作り方には眼を瞠るものがある。
留守番電話のメッセージとか、船の汽笛とか、アキオの口癖とか、いろんなものが繋がるたびに、あっと声を上げそうになってしまう。
持地佑季子と登米裕一という、僕は聞いたこともない(読み方さえ分からない)2人の脚本家の手によるものなのだが、前者はフジテレビヤングシナリオ大賞の受賞者で、後者は劇団キリンバズウカの座付作者・演出家だそうな。
役者も素晴らしい。新垣結衣はそもそもこういう暗い役が似合うし、こういう役が巧い女優である。中学生たちはほとんどが芸歴のあるミドルティーンの役者が演じているのだが、皆初々しいローティーンに見える。
その中でボーイ・ソプラノのサトルを演じた下田翔大だけが今年13歳である。
脇もすこぶる良い。アキオを演じた渡辺大知は、黒猫チェルシーのボーカリストで、あの『色即ぜねれいしょん』の主役だ。教師役の桐谷健太や、生徒の保護者たちを演じた役者がそれぞれ皆素晴らしい。
三木孝浩は青春映画の職人である。しかし、今まではその味付けは主に青春の恋愛であった。今回は恋愛の要素は少ない。むしろこのほうが巧いかもしれない。こういう話のほうが普遍性が出るのかもしれない。
最後に感動を与えられるのは、もちろん新垣結衣と生徒役の役者たちが、特訓に特訓を重ねたピアノとコーラスの賜である。
一人ひとりの歌声がこんなに鮮やかに聴き分けられたのは、ひとえに人間が描けていたからだと思う。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
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