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Sunday, February 08, 2015

映画『繕い裁つ人』

【2月8日特記】 映画『繕い裁つ人』を観てきた。三島有紀子監督。

『しあわせのパン』を見て、「これはひどい映画だ! この監督の作品は金輪際見ないぞ」と思ったのだが、映画評に関してはかなりの信頼を置いている知人がこの映画を褒めていたので、気を取り直して観に行った。

が、結論としては、あまり共感は得られなかった。綺麗な映画ではあるが。

家に帰ってから気づいたのだが、多分僕は『しあわせのパン』の時にも同じ知人の文章に騙されて見たのである。あの時ほどの激しい嫌悪感はないが、これは僕にはお呼びのない映画である。

いや、あの時にも書いたが、僕がこの監督にはお呼びでないのだろう。何にでも相性というものはあるので仕方がない。

今回は大ヒット漫画が原作ということで、オリジナル脚本であった『しあわせのパン』と比べるとしっかり地に足の着いたストーリーにはなっているが、逆にその分原作の強烈さに引っ張られてうまくまとめられなかった感じがする。

林民夫というのはとても良い脚本家だと思うが、今回は型紙通りには裁てたものの、裾がうまく繕えなかったのではないか。

近隣で有名な仕立屋であった祖母の跡を継いで、祖母のやり方そのままに注文生産を続けている、「頑固ジジイのような」洋裁家・南市江を中谷美紀が演じている。

そして、その細々とした仕事をブランド化して儲けようと、彼女の洋裁店に通いつめているデパートの社員・藤井を演じているのが三浦貴大である。

藤井は最初市江の保守性に反感を持ちながら接しているが、いつの間にか彼女の仕事に魅了され、彼自身も自分の人生を考えなおすようになるというようなストーリーである。

「裁縫」というのは読んで字のごとく「裁って縫う」のである。

ところが、この作品が『縫い裁つ人』ではなく『繕い裁つ人』になっているのは、丹精込めて作った洋服を、傷みやサイズのズレを直しながら大事に着て行くことに焦点を当てているからで、そここそがこの映画のポイントである。

つまり、彼女の情熱は、オリジナル・デザインに基づいて新たに縫うのではなく、祖母が作った洋服を繕う、あるいはそれを新しい何かにリフォームすることのほうに注がれているのである。

映画は冒頭、市江の仕事場の窓から強い西日が差し込む中、背を向けてミシンを踏む市江の後ろ姿を逆光で捉えたシーンから始まる。なんとわざとらしい演出だろうと思ってしまう。

最初のほうで、「夢を着てもらうための洋服を作っているんだから、生活感なんて出してたまるもんですか」というような市江の台詞があったが、ふと、ああ、この台詞は、映画作りにおけるこの監督の信念でもあるんだろうな、と思ったら、一気に嫌ぁな気分になった。

最初から拭いがたい偏見を持って観ているので、一事が万事、何かにつけて引っ掛かってしまうのである(笑)

でも、坂の上にカメラを据えて、毎回毎回いろんな人物がその坂を登って来て頭の先からフレームインしてくるという構図(というか、設定)は面白いなと思った。

それから、藤井が、なんでもないようでいて、でも普通のサラリーマンがおいそれと選ばない色目のスーツを着ているのに感心したりもした。

好きな女優である杉咲花が女子高生・ゆきの役で出てくると、現金なもんで僕の気持ちも少し緩んだ。

まあ、でも、あの「夜会」という設定にしても、市江が老テーラー橋本(伊武雅刀)に翻意を迫るシーンにしても、いろんなものに僕は共感が持てなかった。まあ、あんまり貶すのはやめておこう(笑)

美術はすごく頑張った映画である。僕は読んだことがないのだが、原作の読者ならそれなりに楽しめるのではないかと思う。

神戸ロケにしたのは画としては大成功だったが、そうしてしまったために登場人物全員が標準語で喋っている違和感が出てしまったのは残念である。

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