『女のいない男たち』村上春樹(書評)
【2月9日特記】 村上春樹の本であればいつもは買ってすぐに読み始めるのだが、珍しく放ってあった短編集を読んだ。僕が長編好きで、短編にはあまり食指が伸びないということもある。
この本には珍しく村上春樹によるまえがきがついている。それを読んで初めて、あ、そうか、最初の収録作品である『ドライブ・マイ・カー』は、北海道の実名の地名を使っていて苦情が寄せられて、その部分を書き換えた例の小説なのだと気づく。
2作目も同じくビートルズ・ナンバーのタイトルが付いた『イエスタデイ』である。まえがきによると、こちらは歌詞をもじった部分について、「著作権代理人」から「示唆的要望」を受けて、少し書き換えたと言う。
村上春樹も仕事がしにくい時代になってきたものである。
この短編集にはテーマがある。それがタイトルになっている「女のいない男たち」である。
といっても、「彼女いない歴○○年」の男たちの話ではない。ここでは、死別も含めて、何らかの事情で、何らかの形で女と別れてしまった男について書いてある。6人の男について、女がいなくなったあとの、あるいはいなくなった瞬間の6つのケースが描かれている。
それは「喪失感」とひとまとめにしてしまえるほど単純明瞭なものではない。
特に短編ではとても大事なテクニックだと思うのだが、書ききらない良さというものがある。細部まで説明しきって描き尽くしてしまわないことによって、読者が読後に考える領域が増え、考えが深まる。──それはひとことで「余韻」と言っても良い。
その最たるものが4作目の『シェエラザード』である。この『千夜一夜物語』の王妃と同じ名前(と言っても主人公が勝手につけたニックネームだが)の女性が登場する物語は、そのエキゾチックな名前に反して、文章から読み取れる彼女の外見はぱっとしない中年女であり、そのギャップに逆に魅かれてしまうようなところがある。
そして、主人公が住む「ハウス」が一体どういう施設で、そこに週に2度通ってくる彼女が一体どういう資格を持ってどういう職業に就いているのか、そして、どうして2人はセックスをするのか、それは危ない行為なのか、それとも本当は規則違反だが実際にそういう事例はたくさんあるのか、そういうことが全くわからないまま物語は展開し、全くわからないまま物語は幕を閉じる。そういうことを書かないことによって、物語は膨らむのである。
この6編の中で白眉だと思うのは、その次の『木野』である。主人公の木野は離婚してスポーツ用品メーカーをやめ、青山で小さなバーを経営している。初めはガラガラだったが、やがて少しずつ客が入るようになり、カミタという寡黙な男がよく来るようになる。猫もやってくるようになる。猫がいなくなる。そして、蛇がやってくる。カミタが警告を発して、木野は店を離れて、旅先から本文を何も書かない絵葉書を書かされる。
このミステリアスな展開は中期の村上文学によく見られたもので、まさに典型的に村上春樹な村上春樹がここにある。
村上は作家が長編を書く生理と短編を書く生理は違うというようなことをいろんなところに書いているが、書く側の心理や調子は違っていても、できあがる作品にはどこか地続きに繋がるところがあるように思う。事実、これが村上春樹の上下2巻の長編の最初の章だと言われたら、誰もがそう信じるだろうし、早く続きが読みたいと思うだろう。
この短編はまさに、読み終わっているのに続きが読みたくなるような小説である。
そして、最後の表題作『女のいない男たち』は、(そうでないと思う人もいるかもしれないが)これだけは明らかに作風の違う、ニュー村上春樹だと僕は思った。
この抽象性や比喩は、いつもの村上とは違う気がした。割と女流っぽい、例えとしては違うかもしれないが、多和田葉子のような、抜け出せない夢の世界のような趣がある。
いずれにしても、村上春樹は面白い。これだからあまり好んでは読まない短編集であっても、ついつい買ってしまうのである。
Comments
トラックバックを貼りたかったのですが、うまくできませんでした。なぜだろう。。。
この短編集、まさに描かれすぎていないところに魅力があると私も思います。
ブログに感想を書いてます。
読書「女のいない男たち」http://blogs.yahoo.co.jp/kotokoto_31/68857784.html
パート2
http://blogs.yahoo.co.jp/kotokoto_31/69229299.html
女子的目線で
http://blogs.yahoo.co.jp/kotokoto_31/68873965.html
…の三本です(って、サザエさんの予告みたいですね・笑)
お時間がある時にでも、覗いてもらえると嬉しいです。
Posted by: リリカ | Tuesday, February 10, 2015 18:20
> リリカさん
大丈夫です。ちゃんとTBできています。僕が承認しないと表に現れない構造になっているだけです。
ただ、コメントの冒頭部分だけ先に読んじゃったもんで、「TBできないと思い込んで3回トライされたんだな」と、今度は僕のほうが思い込んじゃって、3つのTBのうち2つを消してしまったんですが、これ、多分3つの記事からTBしてくださったんですよね?
ごめんなさい。もし、まだ根気が残っていれば、TBしなおして下さい。今度はちゃんと承認します。
記事3つとも拝読させていただきました。却々深いですね。でも、僕の感じ方と遠くないです。
またいろいろ読ませて下さい。ありがとうございました。
Posted by: yama_eigh | Tuesday, February 10, 2015 22:42