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Tuesday, January 06, 2015

死後のブログ(3)

【1月6日特記】 今日の朝日新聞の朝刊(と言っても Web刊で読んだので朝刊も夕刊もないのだが)に「死後のネット消去、悩み」という小見出しの記事があった。

その件については以前僕も書いている(「死後のブログ」)ので、あ、やっぱり同じことを考えている人がいるのか、と思ったのだが、読んでみたら全然違っていて驚いた。

僕は「自分の死後、暫くコンテンツを削除しない猶予がほしい」と書いたのだが、この記事で取り上げられている人が考えているのは「誰かにデータを消してもらいたい」という、僕とは正反対のことである。

僕にはことさら消してほしいコンテンツはない。と言うか、消してほしいようなものなら最初からネットには上げない。

もちろん、僅かとは言えネット上の資源を自分が死した後まで占めているのも申し訳ないという思いはある。だけど、だからと言ってすぐに消さなくても良いのでは、と思うのである。

こんな文章でも読んで楽しんでくれたり役に立ててくれたりする人がいるかもしれないから。そしてそれは、僕が愛読しているサイトが、管理人が死んだからといって突然消去されたら哀しいという思いの裏返しでもある。

だから、暫くの猶予を設ける社会制度ができないものか、というのが僕の趣旨だった。

ところが、この人は「思いつきや感情を気ままに記しているが、仮に死後、家族が読んだら、変に受け取られないだろうか」と心配している。

その辺がよく分からない。

ネット上はオープンなスペースなのだから、そもそも思いつきで気ままに書いてはいけないのではないか?

もちろん僕が書いたものも、家族が読んだら変に受け取られるかもしれないし、僕の書いたものは誰も傷つけたり不快にしたりしないなどとと言うつもりもない。

でも、生きている限り、多かれ少なかれ他人に変に思われたり不快に感じられたりすることは避けられないのではないか? そんなことはあまり気にしても仕方がないのではないか、という思いもある。

しかし、逆に、だからと言って何も気にせずにアップしているかと言えば、決してそんなことはない。

誰に読まれても、不用意に誰かを傷つけてしまうことのないように(少なくとも「不用意」だけは避けたい)、僕なりに気を使って、表現を選びながら書いたものだけをネットに上げているつもりではある。

そして、ネット上というのは基本的に誰もが読める(あるいは、誰にでも読まれる可能性のある)スペースなので、読まれたら恥ずかしいようなことは最初から書かない。

恥ずかしいことなんかないと言っているのではない。恥ずかしいことはネットには上げないのである。だから僕には消してほしいようなものはない。

消してほしいと思うか思わないかはそれぞれの感じ方の問題であり、こうでなければならないということは全くなくて、それは個々人の希望に沿えば良いのだが、しかし、Web という場所をどう捉えるかということだけはもう一度考えたほうが良いと思うのである。

そこは social なのであって solitude ではないし、network なのであって stand-alone ではないのだから。

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