『コールド・スナップ』トム・ジョーンズ(書評)
【12月19日特記】 トム・ジョーンズというイギリスの有名な小説の主人公やアメリカのポピュラー・シンガーと同じの、ありふれた名前を持つ作家が、一体何者なのかは知らない。ただ舞城王太郎の初の翻訳書ということだけで買った。
岸本佐知子が訳したこともある作家であり、柴田元幸が解説を書いていることにも惹かれた。そして、読んでみると、最初の作品の1行目から、まさに舞城王太郎が訳すにふさわしい短編集であるように思えた。
しかし、それにしても一風変わった設定の作品が多い。
最初の表題作「コールド・スナップ」から何作かは、アフリカが舞台であったり、アフリカから帰ってきた人物が主人公であったりする。そして、出て来るのは医者、それもNPO法人から派遣されてアフリカに行っている(いた)医者である。この作家はそういう経験を持っているのだろうか?
そして、軍隊の話やボクサーの話もある。柴田元幸の解説を読むと、この辺の設定もトム・ジョーンズの定番であるらしい。
そして、出て来る奴が揃いも揃って落ちこぼれていて、やさぐれていて、破滅的で、でもどこかに斬って棄ててしまえない愛すべき部分がある。まさにラップでヒップホップな舞城王太郎の文体とぴったりマッチする小説集なのである。
でも、残念なのは、どの作品よりも舞城王太郎本人が書いた小説のほうが面白いという点だなあ、と思いながら読み進んでいたら、最後の2作、軍隊の話である「ポットシャック」とボクシングの話である「ダイナマイトハンズ」が、読み手の気を全く逸らせない見事な小説で、余韻も非常に深く、これは参ったなという感じで全編を読み終えた。
舞城王太郎ファンなら、あるいは岸本佐知子ファンなら、決して期待を裏切られない短編小説集だと思う。
非常に巧い作家である。
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