かしぶち哲郎 トリビュート・アルバム
【12月22日特記】 僕が MOONRIDERS というバンドのファンであることは、ホームページにもこのブログにも何度か書いたので、ご記憶の方もあるかもしれない。
1975年のデビューから2011年の無期限活動休止まで、オリジナル・アルバムは一応全部持っている。
僕はこの無期限活動休止宣言で正直ほっとした部分があった。それは、もう買い続けなくても良い、という思いである。嫌々買い続けていたわけでは決してなく、いずれのアルバムにも満足してはいたが、それでもそんな気がした。
ところが、活動休止後も過去のライブ音源から次々と新アルバムが編まれて売られる事象が続き、これでは切りがないと思って、それ以降は買っていない。その後のメンバーのソロや新バンドの新譜にも手を出していない。
でも、これだけはというものが出てきた。
それは昨年の12月に亡くなったメンバーのかしぶち哲郎を追悼する新作コンピレーション『かしぶち哲郎 トリビュート・アルバム ~ハバロフスクを訪ねて』である。
これは矢も盾もたまらず、という感じで買った。果たして、とても良いアルバムである。
2枚組CD の1曲めは矢野顕子の『リラのホテル』である。かしぶちとは何曲かデュエットもやった仲ということもあり、入魂のパフォーマンスという感じがする。声がいつもの矢野顕子と違うのである。
そう言えば3曲めの細野晴臣の『ハバロフスクを訪ねて』もいつもの細野さんの声ではない。何かが乗り移ったような感がある。
この両曲とも、あまり奇を衒った細工をせず、原曲のアレンジをそのまま活かした演奏になっている。他の曲も含めて全般にそうなのだが、前奏のメロやバックのリフをそのまま活かしたアレンジが多い。
これもかしぶちへの敬意の現れなのだろう。
1曲めから『リラのホテル』『砂丘』『ハバロフスクを訪ねて』『オールド・レディー』『トラベシア』『バック・シート』『スカーレットの誓い』『O.K. パ・ド・ドゥ』『冬のバラ』と、まさに珠玉のかしぶち作品が並んでいる。
そこには誰にも真似のできないかしぶちの、幻想的で、ある種虚無的な世界が広がっている。
転調や変拍子の巧みさもあるが、このメロディは一体どこまで折り返して転じて行くのだろうと思った瞬間に、天から降りるみたいに一気にケレン味なく帰結してしまうのがかしぶちの特徴である。
そして、詞。こんな詞を書ける人はもう出て来ないだろう。「百億の色で描く青春のエンブレーム」とか「ドブさらいは来週まで待ってて」とか、「僕はいつも砂を握りしめて 倒れている」とか…。
2枚目は Gofishトリオと柴田聡子の『Listen to me, Now!』から始まる。これも名曲である。
そして、恐らくかしぶちが生前に吹き込んだ音源にメンバーたちが音をかぶせたと思われる MOONRIDERS の新曲『Lily』で幕を閉じる。かしぶちの長男・橿渕太久磨が父親と同じ担当楽器=ドラムスで参加している。
矢野、細野、佐藤奈々子、鈴木さえ子、あがた森魚、ピエール・バルーら、かしぶちの旧友たち以外にも、いろんなアーティスト、いろんなバンドたちが、有名無名/新旧取り混ぜて、かしぶちの作品を取り上げている。
その中でも白眉は入江陽の『バック・シート』だろう。これはこのアルバムの中でも特に斬新なアレンジで、あのゆったりした原曲をこれだけ激しいリズムに載せた、言わば新解釈なのだが、さりとてかしぶちのスピリットはしっかりと息づいている。
残念なのは豊田道倫の『オールド・レディー』で、いや、意図は分からないでもない。こういう崩し方はアリなんだろう。でも、演奏を崩すのはアリだとしても、このボーカルではかしぶちが浮かばれない気がする。
通して聴いてみて、改めて思った。かしぶちの中にはクロード・ルルーシュとトム・ウェイツがいる──そんな気がした。
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