『アイドル国富論』境真良(書評)
【11月10日特記】 境真良さんの本を読むのは『テレビ進化論』『Kindleショック』に次いで3冊目である。この3つのタイトルを並べてみただけでも、いかに守備範囲の広い人なのか分かるだろう。
ご存じない方のためにもう少し著者のプロフィールを紹介すると、境さんは東大卒で、経済産業省の現役官僚である。そして、大学の先生でもある。で、もうちょっと驚かすなら、ついこの間までニコ動でおなじみの(株)ドワンゴに出向していたのである。
この本のタイトルを見て軽いアイドル論だと思ってはいけない。これは学術論文であると言っても良いくらいの本である。本屋で平積みになっているライト・エッセイの類と一緒にしてはいけない。論理的整合性、論旨の通り具合がそこら辺の“読み物”とは違うのである。
まず、アイドルという概念をスターと対置して、完全なものであるスターに対して、どこか欠けた部分があるところに惹かれるのがアイドルだという定義を措定する。
その欠けたものを愛する精神として(何故かここで突然関西弁が出て来るのだが)ヘタレという精神構造をあぶりだし、そのキーワードでアイドル時代の隆盛を解き明かす。
そして、そのヘタレに対するアンチテーゼとしてマッチョという強いもの・本物に対する指向性が出てきて、そのマッチョ主義によってアイドルに冬の時代が訪れ、やがてヘタレとマッチョの対立構造から新たに生まれたヘタレマッチョの概念が新しい時代のアイドルを支えることになる。
──これはまさに弁証法的な分析ではないか!
しかも、この論証の裏側では、ちゃんとアイドルと経済の関連を分析してあって、まことにもって視野が広く、網羅的で、説得力に富んでいる。そして、何よりも読みやすく魅力的な文章であるところが良い。
実は僕は境さんとは twitter 及び facebook で繋がっていて、一度だけだが経産省に訪ねて行ってお話したこともある。会ってみると、およそ「官僚的」というイメージから遠い、気さくな方であった。
「おわりに」のところに書いてあるのだが、彼はアイドルを追いかけてピンクの法被を着て西武ドームやら国立競技場やらに通ったらしい。それを笑顔で送ってくれた奥さんと子どもたちに謝意を述べている。
そんな可愛くて素敵な人が書いた、可愛くて素敵で、でも馬鹿にならないアイドル分析論である。軽く読めるが、書いてあることは結構深い。面白い本であった。
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