おばさんオジン試論
【11月15日特記】 「そんなおばさん臭い服は着たくない」とか言ってるけど自分だって立派なおばさんではないか、とか、「そんなオジン臭いことはやめようや」とか言ってるけど自分だってそろろそオジンの仲間入りではないのか、とか…
そんなことありますよね。はい、自分も含めて(笑)
もちろん若い人はそんなこと全然ないんでしょうが、なんで僕らは時々自分の年を棚に上げてそんなことを言ってしまうのかと考えてて、ああ、そうなのか!と、ちょっと思い当たったことがあるのです。
そう言う時の「おばさん」とか「オジン」とかいうのは、一般的に「○○歳くらいの人」という意味合いではなく、もっと具体的に、自分が若かった頃に忌み嫌っていた、その当時の中年や老人の明確なイメージに基づいて言っているのだと思うのです、きっと。
先日、社報に(実はここんとこ連載コーナーを持っているのですが)、マーケティングを考える時には「時代の特徴」と「世代の特徴」と「年代の特徴」をはき違えてはいけない、というような記事を書いたのですが、そう、つまり「おばさん」とか「オジン」とか、そういう言葉で指しているのは特定の「年代」ではなく「世代」だったのです!
そういうことなら、なんか、気が晴れますね。
だって、それこそ今の若い人はそんなことないのかもしれませんが、僕らはずっと上の世代に対抗心を燃やして生きてきたわけですから。
「オジン臭くなりたくない」と言うのは、自分もそろそろその年代なくせにその年代っぽくなりたくないというようなことではなく、あの打倒すべき世代の連中と同じ轍は踏まないぞという気概の現れなのだとしたら、それはむしろ誇らしいことなのかもしれません。
なんて、こんな風に正当化しようとするのは、昔僕らが腹立たしく思った年長の連中と同じところに陥りつつあるのかもしれませんけどね。そりゃ、年のせいかもね(笑)
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