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Sunday, November 30, 2014

映画『寄生獣』

【11月30日特記】 映画『寄生獣』を観てきた。

僕の中では山崎貴は樋口真嗣と同様に、CG や VFX、特撮の専門家というイメージで、あまり監督という意味での評価を持ち合わせていない。

だからこそ『ALWAYS 三丁目の夕日』や『永遠の0』は観る気にならないけれど、こういうのだったら安心して観られる。

前回の映画記事で書いた『進撃の巨人』同様、これまた漫画が原作であり、もしも寄生虫ならぬ寄生獣というものがあったら、という一見ジャスト・ワン・アイデアものである。

ただ、これまた『進撃の巨人』同様、面白い話が何故面白いかと言えば、それは発端はジャスト・ワン・アイデアであっても、そこから先に見事に練り上げた展開があるからである。

この話も深海から上がってきた(原作では空から降ってきたらしいが)寄生獣が人間の耳の穴から入り込んで脳を乗っ取るというジャスト・ワン・アイデアの設定がから始まるが、主人公の泉新一(染谷将太)の場合はイヤフォンをしていたために寄生獣が耳の中に入れず、右手に入り込んで、脳まで達することなく成長してしまったという例外形を想定しているところが面白い。

つまり、通常の場合は人間の脳を寄生獣が乗っ取って、見た目は人間でありながら人間を食い殺す野獣と化すわけだが、新一の体の中には新一の脳と、寄生獣ミギーの脳が併存し、従って両者の間でコミュニケーションが成立することである。

そして、2つの生物の体が繋がり、細胞が混じるために、新一の体はいろいろな変化を来すことになる。ミギーは自分の命を存続させるために新一を守り、そのことがまた新一の体を変えて行くという面白さがある。

まず度肝を抜かれるのは白組による特殊効果である。これは「日本の粋を集めた」と言って良いのだろう。本当にレベルの高い合成である。

あれだけビヨーンと腕が伸びたりすると、カメラマンもどれくらいのスペースを残したフレームにするか大変だったろうと思うが、そういうことも含めて、非常によく計算されて作られている。

脚本は山崎貴と古沢良太の共同で、この古沢良太という人も僕とはあまり肌の合わない人なのだが、こういう作品だとあまり色が出ないので気にならない。テンポも良く、手際の良い本だった。

で、寄生獣に脳を乗っ取られた人間の役で深津絵里、東出昌大、北村一輝、浅野忠信らが出てきて、感情を殺したり表情をを歪めたりして「らしい」演技をしている。

一方、まだ乗っ取られていない人間らしい人間役で、新一の母に余貴美子、クラスメートに橋本愛、刑事役で國村隼と山中崇らが出て来る。さらに、エンドのクレジットには全然見た覚えのない大森南朋や阿部サダヲの名前もある。

大森南朋のほうは4月公開の『完結編』の登場人物、そして、阿部サダヲはミギーの声だった(ということは、ミギーの口は阿部の唇の実写を合成しているのか?)。

最近こういう映画が非常に多いのだが、今日の作品は前半部分であり、全く収束感のないまま終わる。まあ、完結編も観るから良いんですけどね(笑)

で、言うまでもないが、エンドのキャスト/スタッフ・ロールの後に『完結編』の予告編が入っている。

物語と特撮の完成度が極めて高い。もうそれだけで充分である。大変面白かった。それにしても、これだけ良い役者が揃っている中で、橋本愛の魅力が際立っている。すごい女優だと思う。

さて、続きは4月の末に書こう。

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

soramove

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