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Sunday, November 23, 2014

映画『紙の月』

【11月23日特記】 映画『紙の月』を観てきた。

吉田大八監督は劇場用映画デビュー作の『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』でぶっ飛んで、以来『クヒオ大佐』こそ見逃したものの、『パーマネント野ばら』『桐島、部活やめるってよ』と観てきて、一度も裏切られたことがない、と言うより、毎回ぶっ飛んでしまう。

今回も見事にぶっ飛んでしまった。

角田光代のベストセラーだが、映画の中でキーとなっている登場人物(銀行の同僚)である隅よりこ(小林聡美)も相川恵子(大島優子)も映画オリジナルだと言うから、結構原作を書き変えているようだ。

主婦の再就職で銀行勤めをしている梅澤梨花(宮沢りえ)が、最初はほんの出来心から顧客の金に手をつけ、やがて泥沼のように横領を繰り返すようになり、その金で贅沢三昧を重ねて行くさまを描いた話である。

きっかけは梨花と大学生・光太(池松壮亮)との“恋”だが、原作では梨花の夫・正文(田辺誠一)の悪意が描かれているらしいのに対して、映画の正文は鈍感だけれど悪意のない人物に描かれており、従って梨花が“止むに止まれずに堕ちて行った”という感じは出て来ない。

光太は得意先の資産家・平林(石橋蓮司)の孫で、光太のほうが先に梨花に惹かれたのははっきりと描かれているが、最初に一線を超えて踏み出したのは恐らく梨花のほうだということが示唆されている。

三面記事風に言えば、“何不自由ない人妻が年下の男に溺れて”ということになるのだが、そういう“女の性”とか“業(ごう)”などというようなおどろおどろしい印象もない。

何よりも梨花は「おしまい」と言って光太との関係を終わりにしてしまうわけだし、パンフに唯川恵が書いている通り「恋愛すらもどこかに飛び出していくためのひとつの手段で、光太の存在も梨花にとっては無意識の踏み台だった」と言える。

そして、その梨花を、無意識に焚きつける相川恵子と、追い詰めていく隅より子の人物設定が本当に見事に機能している。

ともかく怖い映画である。言わば人間としての剥き出しの本質に直に触れられるような怖さ、痛さがある。

そして、描き方は非常に抑制が効いている。言葉で語り過ぎない。

我々は日常生活の中で文字や言葉だけで情報を得ているわけではない。ちょっとした音の響き、色や艶の変化、なんとなく醸しだす雰囲気──そんなものを言わば肌で感じ取ることによって感情が沸き起こったり、何かを決断したりしている。

にも関わらず、映画や小説になると、ともかく台詞や説明で語り尽くそうとする作品が多い。この映画はそれをしない。そして、それをしなくても“何か”が伝わってくる。

“画”で伝えてくる“怖さ”。あるいは怖さは鋭さと言い換えても良いかもしれない。

背後から梨花の肩に伸びてくる平林老人の手。地下鉄のプラットフォームで電車が出てから振り返る梨花の表情。向かいのプラットフォームから光太のいるほうのプラットフォームに渡り廊下を渡って階段を降りてくる梨花が足から順番に姿を現してくる。

時々挿入されるスローモーション、そして、雑音にも音楽にも聞こえる効果音が怖い。時々カットバックで入ってくる梨花のキリスト教系の女子中学校時代のエピソードがとても象徴的でじんわり怖い。

梨花に対してはひたすら優しいのに、ホテルのウェイターに対しては光太の態度がほんの少しだけ偉そうに変わるところが怖い。会議室で机を挟んで対峙する梨花と隅より子の微妙な距離感が、何故だか分からないけれど怖い。

吉田大八は顔の角度から瞬きの回数、足の重心の掛け方に至るまで、非常に細かい指示を出すことで有名な監督である。その細かい演出が見事に結実していると思う。

終盤の梨花が全力疾走をしているシーンから漲る、この不思議な感じは何だろう?本来であればこれは逃亡シーンである。破滅感や必死さが前面に出て良いはずなのに、こんなに文字通りの疾走感があり、爽やかでさえあるのは何故か?

この映画は、例えば「善い/悪い」「したたか/か弱い」といった対になった言葉から一方だけを取って来るようなやり方では、どんなに言葉を費やしても語り尽くせはしない。

人生は複雑なのである。複雑なものは複雑なままで捉えるべきであり、安易なカテゴライズは描写を台無しにしてしまう──吉田大八はそのことをよく知っている。

宮沢りえが狂気と自然を綯い交ぜにしたような圧倒的な演技をしている。それを取り囲む池松壮亮、小林聡美、大島優子、田辺誠一、近藤芳正らも素晴らしい。

そして何を措いても早船歌江子の脚本がよく書けている。構成も練れているし、言葉も尖っている。とてもこれが映画デビュー作だとは思えない。特に梨花が最後に隅より子に投げつけた台詞がとても深い。

月が消えてしまうエピソードも、そう、不可解を残したまま語り過ぎない典型の扱いである。だから、深い余韻が残るのである。

これは間違いなくいろんな賞を獲るだろうね。

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