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Thursday, September 25, 2014

『こころ』雑感

【9月25日特記】 新聞のWeb版で夏目漱石の『こころ』を読み終えた。そう、今非常に評判の悪い朝日新聞である(笑)
読み始めた時はまだここまで評判は悪くなかったのだが…。

この小説がちょうど100年前に朝日新聞紙面に連載された当時とほぼ同じペースで朝日新聞DIGITALに掲載されたので、僕らは明治の新聞購読者の読書を追体験したわけだ。

僕が『こころ』を読むのは多分3回めだと思う。読んだことを忘れてもう一回読む(実は時々やっているw)のでなければ、僕が同じ本を読み返すのは非常に珍しいことである。

別にこの小説にそれほど強い思い入れがあったわけではないのだが、毎朝少しずつ iPad や iPhone で読むのなら楽に読めるなと思って読み始めた。その連載が今朝終わったのである。

こんな歴史的名作にいまさら書評めいたことを書く気はないのだが、今読んでも面白いという事実に改めて驚いた次第である。

それはやはり、明治の時代に日本人のものの考え方・感じ方が大きく転換して、その「精神」が今に直結しているからだと言えるだろう。

あるいは、個人と社会の軋轢、男女観・倫理観の綻びなどの問題を、明治から今に至るまで、あいも変わらず未解決のまま引きずっている部分があるから、今読んでも胸に響くのかもしれない。

皮肉なことである。

しかし、『こころ』が昔の読者に対しても、今の読者に対しても、ものを考える材料となるのは、独り日本社会の停滞によるのではなく、やはり夏目漱石という文豪の着目点と筆力の卓越に負うところが大きいと思う。

小説の最後で主人公の一人称に戻るのではなく、先生の遺書の文章の終了とともに話を閉じてしまうところが、逆に非常に技巧的であるように思えた。

ところで、今回読んでみて非常に気になったのは、漱石の当て字の多さである。

最初は、ひょっとしてこの時代にはこういう表記が一般的だったのか?と首を傾げながら読んでいたのだが、連載何回目かの註記に、当時から漱石は仲間内で「またこんな当て字を使っている」と嗤われていたと書いてあるのを読んで、なんだ、そうかと思った。

却ってなんか親近感が湧いたくらいである(笑)

そう、読んでいた人は分かると思うが、これがかなりひどいのである。

「持つ」を「有つ」と書いてあったり、「笑談」と書いて「じょうだん」と読ませようとしていたりする。「他人」と書いて「ひと」と読ませるのは一般的だが、漱石は「他」と書いて「ひと」と読ませる、等々。

「みじめ」が「見惨」、「ひやかす」が「冷評す」、「はっきり」が「判然」などという例を見るとふーんと思うのだが、中には時々間違いとしか言いようのないような表記もあったりする。

たとえば「一途」が「一図」であったり、「辛抱」が「辛防」になっていたり、「裕福」が「有福」になったり、「悲惨」がなぜだか「悲酸」になっていたりするのを見ると、あれれ?と思ってしまう。

僕らは文豪の書いたものはついつい正しいと思いがちである。たが、正しい/正しくないの判断は難しい。

たとえば、僕の勤めているテレビ局の番組で、出演者の誰かが「全然…だ」という発言をすると、それは間違いだという指摘が必ず来るのだが、実は日本語としては間違っていない。「全く」の後は必ずしも打ち消しを伴うものではないのである。

しかし、その根拠として、明治の文豪の使用例を持ち出して、鴎外も芥川もこんな風に書いていると言うのは必ずしも正しくない。そのことを今回『こころ』を読んでいて強く感じた次第である(笑)

ただ、「たしか」が「確か」ではなく「慥か」であったり、「ぬすむ」が「盗む」ではなく「偸む」であったり、「ふるえる」が「震える」ではなく「顫える」であったりするのを見ると、やっぱり明治の表現力の深さが身に染みてくるのも間違いない。

一方、そういう古風な表現の中に、重要な登場人物のひとりが、アルファベットのKで表されているところに新時代の息吹を感じたりもする。

歴史的名作を読むのも意外に発見と刺激に富んだ経験であった。

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