『恋しくて』村上春樹・編訳(書評)
【8月9日特記】 何度か書いているが、僕は短編よりも長編小説を好む。一瞬の斬れ味を楽しむ短編より、積み上げられた構造物の重みを味わいたいのである。ところが、「村上春樹・編訳」などとクレジットされていると、ついつい買ってしまうのである。
ここには10編の短編小説が収められている。中にはドイツ語など、他の言語から英語に訳されたものを日本語に重訳した作品もある。
最後の村上春樹以外はいずれも僕には馴染みのない作家である。でも、新進気鋭の作家とは限らず、もうすでに功成り名遂げた大家も何人か含まれている。
最後の一編を自分で書いたことについて、村上春樹は、「小説家がアンソロジーを編むと、収録すべき作品の数が足りなくても『ええい、面倒だ。自分で書いちまえ』という裏技があるので楽だ」と書いている。
まあ、それはどうだろうか(笑) 翻訳が9、書き下ろしが1というのは『バースデイ・ストーリーズ』とほぼ同じ構成(あっちは翻訳が10編あった)なので、最初からそこそこの作品を9~10集めて、最後に一編書き足そうという計画であったのではないだろうか。
それぞれの作品の扉の裏のページにある作者の紹介文では、村上春樹は「時に小説も書く」と書かれている。これは誰が書いたのだろう? もちろん村上春樹本人である。本人でなければ村上春樹をそんな風に茶目っ気たっぷりには紹介できないだろう。
ということで、この短篇集は村上春樹がものすごく楽しみながら編んだ短篇集であるということが、いろんなところから伝わってくる。
10編を串刺しにしているテーマは、表題の通り「恋愛」である。
ただし、村上春樹があとがきに書いているように、「いわゆる『純文学』系の作家たちは、一直線でポジティブなラブ・ストーリーをほいほいと量産してくれるほど親切ではない」のであり、その結果、ここに収められた短編はいずれも一風変わった設定の、ひとひねりしたものになっている。
必ずしも「胸を焦がす、燃えるような熱い恋」というような恋愛小説ではなく、男性同士の恋もあるし、ストーカーみたいな恋もあれば仕返しするような恋もある。
そして、そのいずれもが、端から端までは理解しきれない不思議なものであり、途轍もなく味わい深く、余韻が長く続くのである。
各作品の最後に、村上春樹による寸評のようなものがついて、おまけに【恋愛甘苦度】の点数まで付いている。──これは少しやり過ぎではないかな。第一こんなこと書いてしまうと「訳者あとがき」に何を書くんだろう?と思っていたら、あとがきはあとがきで面白いから参った(笑)
村上春樹の書き下ろしも却々面白いのだが、この10編の中にあってはひょっとすると一番面白くない小説かもしれない。そのぐらい面白い掌編が並んでいるのである。
こういう変な恋愛小説集には滅多に出会えないのではないかと思う。
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