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Thursday, August 07, 2014

もっと偉い人

【8月7日特記】 同じサラリーマンでも、経営に近いところで働く職種に就いているほうが、サラリーマンの本質が見えるような気がする。そう、経営の本質ではなく、サラリーマンの本質が。

そして、今の僕のような年代・役職で、トップの権力闘争から少し離れたところで観察している人間に、一番すっきりと本質が見えているのではないだろうか。

僕は若い頃ずっと「本当にそんなことってあるんだろうか」と訝っていたのだが、怖くて偉い人にものが言えなくなるという現象がある。

そんなことがあって良いのだろうか、とも思うが、でも、本当にそんなことってあるんだろうか、とも思ってきた。

でも、それは現にあるみたいだ。本人がどこまで意識しているか分からないが。僕は今の場所にきて、漸くそれを確信した。

偉い人がもっと偉い人に対して、いや、その書き方では分かりにくいから、もうちょっと具体的に書こうか(あくまで単なる例だけれど)──。

例えば取締役が社長にガツンと言われるともうまるで反論できないなんて場面に遭遇する。社長が言っていることは明らかにどこかしらおかしいと感じているくせに、おかしいと言えないように見える場面に遭遇する。

ここまで一生懸命働いてきて、やっと取締役になったのに、こんなところで社長に逆らって飛ばされるのはたまらない。ここは辛抱して、もっと偉くなりたい。

──などと思っているのかもしれない、と最初は僕もそんな風に見ていた。

しかし、そうではないのかもしれない、と今日思った。

取締役は社長の理不尽を心の中で憤りながら辛抱して何も言わない──ということではないのではないか?

では、何が起こっているかと言えば、まるで動物が環境に適応して進化するみたいに、取締役は少しずつ社長に、社長の考え方に、社長の感じ方に似通ってきているのではないか?

そのほうが精神衛生上は良いに決まっている。だから、脳が自然とそういう風ににじり寄る。

出世に目が眩んで正しいことを言えない自分に悩むより、いや、社長の言ってることは大体正しいんだと思えるようになることのほうが素晴らしいサラリーマン人生に決まっている(笑)

言わば自己防衛。よくできたもんだと思う。

この仮説、結構良い所を突いていると思うのだが、どうだろうか?

ちなみに、上で「取締役」「社長」と書いたのは、分かりやすくするためのロジックであり、要するに「偉い人」と「もっと偉い人」の関係性である。

偉い人は生き延びるために自然ともっと偉い人に似通ってくるのである。そこにストレスを感じる人は、多分「もっと偉い人」にはなれないのだろうな、と思う。

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