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Wednesday, July 23, 2014

バスが停まってから

【7月23日特記】 これは前にも書いたことがあることだ、と言うより、既にネット上のどこかに二度三度と書いた気もするのだが、バスに乗るたびに思い出すので、また書く。

今夜僕が乗ったバスではこのようなアナウンスが入る:

バスが動いている時に席を替わるのは大変危険です。バスが停止してから席をお立ち下さい。

僕はこれを聞くたびに、世の中はどうしてこんなに変わってしまったのだろう、と思う。バスによっては、同じ趣旨のことが大きな文字で床に書いてあったりするものもある。

僕が少年だった頃は、バスが完全に停止してから席を立ったりすると嫌がられたものだ。運転手からも、他の乗客からも。

中には露骨に嫌な顔をして見せて、「次で降りるの分かってるんやから、早めに前に来とかんとあかんやないか!」と露骨に言う運転手もいた。自分が言われたことはないが、他の乗客がそう言われるのを聞いた記憶はある。

僕らが若かった時代はそうだった。そのことにさしたる違和感もなかった。

僕らはただひたすらに他人様(ひとさま)に迷惑を掛けることを避けようとした。他人様に嫌な思いをさせないことに心血を注いだ。どこまでそういう気遣いができる人間であるかが、その人間の値打ちだった。

だから、自分が降りる停留所の1つ前の停留所を過ぎた辺りから、席を立って出口に近いところまで、たまには揺られてふらつきながらも、できるだけ早く歩いて行った。

バスが混雑しているときはなおさらそうで、2つ3つ前の停留所を過ぎた辺りから少しずつ少しずつ前進して、自分が下車するためにバスが停車する時間を極小化しようと心がけたものだ。

「たとえ自分がどうなろうと」とまでは言わないまでも、自分のことより他人のことが大事で、他人のことを大事にすることによって自分が評価される、みたいな風潮があった。

それが、「動いている時にそんなことをすると怪我をするからやめろ」と注意される時代になったのだ。コペルニクス的転回である。まるで王政が倒れて社会主義国になったような変わりようである。

革命みたいにある日突然変わったのではないが、いつの間にか、知らぬ間に変わってしまったのである。

それは、「バスの中で転倒して怪我したのは運転手とバス会社の責任である」と訴える輩が出てきたからということもあるだろう。

好意的に捉えるなら、誰が得をして誰が損をするというようなことではなく、みんなが怪我なく安全に暮らすのが一番良いという平和な思想が広がったということかもしれない。

それはそれで良いのである。ただ僕は、その変わりっぷりに驚くのである。たった何十年かの間に、人は、社会はこんなにも変容してしまうのか。

僕がバスに乗るのは、会社の帰りに大阪市内の母が過ごしている施設を訪ねた夜の帰路である。

母はもう、そういう社会の変容を認知できない状態にある。しかし、もし自分の意識でそれを感知できたなら、大いに嘆いただろうなと思う。

僕は嘆くというほどのことではない。ただ、その変わりっぷりに何度も何度も驚くばかりである。

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