映画『渇き。』
【6月28日特記】 映画『渇き。』を観てきた。
多くの人にとってもそうだろうと思うのだが、僕にとっての中島哲也監督と言えばまず『下妻物語』、そして『嫌われ松子の一生』──この2本にただただ圧倒されたと言える。
その2本があまりに強烈であったために、その後は『パコと魔法の絵本』にしても『告白』にしても、良い映画ではあるのだが、どこか決定的に食い足りないところがあった。
それがこの映画では完全に往時の中島作品の斬れ味を取り戻していると言える。えげつない映画だった。
まず、ライティングとカメラワークがすごい。
冒頭、女性らしきシルエットの鼻と口辺りのアップで「愛してるよ」、切り替えて男性らしきシルエットの同じくドアップで「ぶっ殺してやる」──何のことだか分からない。
で、たくさんのカットといくつかのシーンがあって、結構アニメっぽい、あるいは1960年代っぽいオープニングが非常に雰囲気がある。
とにかくカット割りがめちゃくちゃ細かい。短いカットがどんどん切り替わって行く。そして、現在のシーンに3年前のシーンが頻繁にフラッシュバックして来るので、初めはものすごく解りにくい。
それが、見ていると不思議に徐々に訳が分かってくるのがすごい。混乱に見せかけて、実は非常に手際の良い脚本なのだ。
ウィスキー・グラスの底とか水たまりとかの一瞬のインサートがものすごく効いている。そして、顔のドアップがやたら多い。なのに芸がない感じではなく、畳み掛けてくる感じで緊張感がある。
ともかくろくでもない奴ばかり出てくる映画である。
妻の浮気相手への暴行事件から刑事を辞めて警備員をしている藤島(役所広司)。精神科に通い、投薬治療も受けている。たいてい酔っ払っている。
コンビニで店員と客の合計3名が惨殺される事件があり、駆けつけた藤島が第一発見者となるが、警察は皆藤島の素行の悪さを知っており、犯人ではないかと疑う。
元後輩の、妙ににやけた刑事・浅井(妻夫木聡)がやって来て、思わせぶりに藤島に何枚かの写真を見せて「知らないか?」と訊く。以来浅井はずっと藤島につきまとう。
その藤島に元妻の桐子(黒沢あすか)から電話がかかってきて、娘の加奈子(小松菜奈)が行方不明だと言う。
藤島が元の自分の家に行ってみると、加奈子のカバンの中から覚醒剤と注射器が出てくる。
藤島が加奈子の級友などを順番に当たって聴いてみると、加奈子は学校では実はとんでもない存在であったことが判る。
そして、加奈子に覚醒剤を流していた松永(高杉真宙)や遠藤(二階堂ふみ)らのグループが、どうやらコンビニの殺人事件に絡んでいることも判る。
映画のタイトルは「かわき」だが、比喩的な意味でも直接的な意味でも、乾いたシーンはほとんどない。全編血塗られてベトベトの映画である。その暴力シーンは半端ではない。R15+に指定されているのは性描写のせいかと思ったが、そうではなく強烈な暴力描写のためだった。
暴力だけではない。登場人物の台詞や生き方が、観客をイライラさせるところが絶えない。BGMでさえ、結構良い曲を並べてあるにも関わらず、どこか気持ちを逆なでしてくる。
これは観客に嫌な気持ちを湧き起こさせる映画である。最後に至るまで救いはない。無理やり少しは光明の見えるエンディングにしようとしなかった潔さが、逆説的に言えばある種の救いだと僕は感じたが…。
人間の醜いところを突いてくる──というような説教臭い映画ではない。ああ、俺にもそんな面はあるなあ──と共感するような作品ではない。ともかく理解不能。そして腹立たしい、心をざわつかせる映画である。
こういうのって、やっぱり中島哲也だなあと思う一方で、それぞれの役者の演技がものすごい。上に挙げた以外にも中谷美紀、國村隼、オダギリジョー、橋本愛らが重要な役で出ている。
役所広司の問答無用の暴力性もさることながら、小松菜奈の文字通りの魔性(いや、パンフの表現を借りれば「バケモノ」)も恐ろしい。自分はあんな人たちとは違う──恐らく全ての観客が明確にそう思うだろう。なのに、魅かれている自分は何なのだ!?
これはすごい映画である。ただひとつ気になったのは、こんなえげつない映画、きっと客が来ないぞ、ということだけである。
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