『シュガーマン 奇跡に愛された男』
【5月11日特記】 WOWOW から録画しておいた『シュガーマン 奇跡に愛された男』を観た。めちゃくちゃ面白いと思ったら、2012年のアカデミー長編ドキュメンタリー賞受賞作品だった。監督はマリク・ベンジェルール。
1970年台初頭のアメリカにロドリゲスというメキシコ系の歌手がいた。デトロイトの貧民窟で暮らし、そこに息づく人たちの暮らしを歌った。
安酒場で歌っているところをスカウトされ、アルバムを2枚出したが鳴かず飛ばずに終わった。
ところが、そのレコードを誰かが南アフリカに持込み、そこでコピーされて発売され、正確な枚数なんか誰にも分からないが、多分50万枚とか100万枚とかいう規模で売れ、彼はスーパースターになる。
多分、アパルトヘイトを前提とした当時の南アフリカの圧政下の閉塞感と、それに対する抵抗運動の精神に、彼の歌、とりわけ歌詞がマッチしたのだろう。
映画の中で何曲も流れた彼の自作自演を聴くと、確かに良い曲である。これが売れなかったのは不幸と言って良いと思う。ジャンルとしては「フォーク」である。
映画の中で言われているように、ボブ・ディランに似た感じもある。メロディの構成の仕方が似ている。ただ、ディランよりもう少しエキゾチックな感じもする。僕は、変な連想だが、日本人のシンガーソングライターである豊田勇造を思い出した。歌っているメンタリティにも共通性があると思う。
そういう反骨性が南アフリカの、台頭しつつあった自由な人々の心に触れたのだと思う。
ただし、売れたのは南アフリカだけの現象で、アメリカで彼が注目を浴びることは一度もなかった。それどころか、南アフリカからアメリカに送金された印税は一銭たりとも彼の手に渡ることはなかった。
アメリカでは誰も注目しなかったということもあるが、彼は消息不明になっていた。
南アフリカで出たレコードやカセットのジャケットには、そもそもアメリカが売ろうとした歌手でも何でもないので、プロフィールめいたことはどこにも書いてなかった。それどころか、ファースト・ネームも分からない。
彼は自分が受け入れられないことに絶望して、ステージの上で突然ピストル自殺したという「伝説」までできた。
誰にもどれが本当か分からない。しかし、ある時それを調べ始めた南アフリカ人が現れ、紆余曲折の末、彼はロドリゲスの娘に辿り着く。
彼は歌手をやめてからも、今までどおり家の解体や修繕、清掃などの肉体労働を続け、3人の女の子を育ててきた。社会問題に興味を持って選挙にも出た(139票しか入らなかったが)。
その彼が、電話で、南アフリカでは自分が伝説のスーパースターであることを聞き、そして遂に、南アフリカに「凱旋」してコンサートをする。観客5000人規模のライブを6回。とても感動的なシーンだ。
ロドリゲスの曲の良さもあるし、人柄の良さもある。その2つはこのドキュメンタリの面白さの大きな柱である。そして、それにしても、こんな不思議なことがあるのかという感慨は大きい。人生って不思議である。
これは賞を獲るのも不思議でない作品だ。なお、『シュガーマン』は彼の代表曲のタイトルである。ここでのシュガーは砂糖ではなく、麻薬の白い粉のこと。
映画の原題は Searching for Sugar Man である。
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