映画『ぼくたちの家族』
【5月31日特記】 映画『ぼくたちの家族』を観てきた。なんというシンプルな、と言うか、ケレン味のないタイトル! いや、これには原作の小説があって、そのタイトルがこれなのである。
石井裕也監督作品は2009年の長編第6作『川の底からこんにちは』以降、これで5本連続で観ている。一番地味でおとなしかったのが『舟を編む』で、それ以外は結構度肝を抜いてくれた。そして、この映画もまた、全く派手さのない作りだが、じんわりと染みてくる作品である。
若菜玲子(原田美枝子)は夫の克明(長塚京三)と2人で、東京郊外(都心からはかなり遠い)のニュータウンに住んでいる。子どもたち2人はもうこの家を出ている。
長男の浩介(妻夫木聡)は中学時代に引きこもりになった経験があるが、そこから立ち直って進学・就職し、結婚もして、もうすぐ子供が生まれる。次男の俊平(池松壮亮)は東京の大学に通うために都内のアパートで一人暮らしをしている。
玲子はこのところ物忘れがひどく、ぼおっとしていることも多かったが、浩介夫妻とその両方の両親とで会食した時に浩介の妻の名前を間違うなどいよいよおかしくなって、病院で診察を受けると、脳にかなり大きな腫瘍があり、余命1週間と言われる。
夫の克明は小さな会社の社長であるが、こんな時はおろおろするばかりで、ちっとも頼りにならない。会社の仕事もそれほどうまく行っている様子ではなく、無理して建てた家のローンも合せてかなりの借金があり、玲子の入院・手術代さえままならない。
長男の浩介は生真面目で、何かにつけて思いつめるタイプである。気の弱いところもあって、自分が入院費などを負担しようとしていることを身重の妻にうまく言えなかったりする。
次男の俊平はお調子者で、この大変な時に全然連絡が取れなかったり、いちいち脳天気な反応をしたりして、浩介をいらいらさせる。
玲子はもともと天真爛漫な女性である。小さかったころ自分の家族がバラバラであったことが悲しかったので、なんとか家族みんなで仲良く楽しく暮らしたいと思っている。
その一方で、バブル期に身についた浪費癖が抜けず、サラ金に多額の借金を抱えていたりする。
玲子が一番気を許しているのは俊平である。俊平は素直に自分に甘えてくる。浩介は引きこもりになったこともある扱い方の難しい人間だし、浩介の妻のことも気に入らない。克明のことは好きだが、人間的にも経済的にも頼りにならない。
そして、玲子のそんな思いは浩介にも克明にも伝わってしまっている。
この辺りの人間の描き方が抜群に巧い。人間の欠点、悪いところ、足りないところを絶妙に描きながら、一方で同じ人間の長所、良いところ、意外に素敵なところをこれまた切り捨てずにしっかり描いて、とても後口が良い。
他に客のいない中華料理屋で「他の客の迷惑になるから携帯電話を使うな」と言う店主と克明のけんかとか、浩介が車をバックで車庫に入れようとして、見えなかった自転車にぶつけてしまい、倒れた自転車の車輪が回る音がいつまでも鳴ってるシーンとか、何気なく部屋にハワイ旅行のパンフが置いてあったりするところなど、暗示的なエピソードや細かい細工なども職人芸の域にある。
「あそこに行く」と浩介が言って走りだし、それを俊平も追って2人が高台に登って見下ろしたニュータウンの屋根屋根の、整然と美しいようでむしろ不気味な風景。
妻の病気にオロオロし通しだった克明が突然ジョギングを始めたことに対して、息子2人が言う「それで何かを達成したように思うのは間違ってる」という指摘。
映画の中で何度も繰返して使われる「そんな時は笑おうよ」という玲子の口癖。
──どこを切っても、石井裕也の脚本は冴えまくっている。
浩介のこのちょっと憎たらしい嫁(ここでは妻と書かず敢えて嫁と書く)は誰だったかなとずっと考えていたのだが、黒川芽以だった。
『グミ・チョコレート・パイン』で主人公の石田卓也を奈落の底に突き落とし、『ボーイズ オン・ザ・ラン』では主人公の峯田和伸の思いを木っ端微塵に打ち砕いた黒川芽以だ! 巧くなった。
そして、この小憎たらしい嫁まで含めて、最後は「ぼくたちの家族」は予定調和的に収まる。いや、収まるとまでは行かないかもしれないが、少なくとも明らかに快方に向かっている。
なんともケレン味のない映画である。僕は「難病もの」も「家族の絆」を売りにした映画も大っ嫌いだが、この映画にはやられた。速球に見とれて3球連続見逃して三球三振したような感じだ。
4人の家族を演じた4人の役者のうち、誰が賞をもらってもおかしくないくらいの好演だった。そして、映画の内容を踏まえたキャスト・ロールのトップの出し方がとても素敵だった。
これは石井裕也の代表作になるだろうし、今年の邦画の代表作でもあると思う。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
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