ノンフィクションW『ロックの鼓動を切り撮る一瞬』
【1月26日特記】 一昨日録画した WOWOW のノンフィクションW『ロックの鼓動(ビート)を切り撮る一瞬 ロックフォトグラファー・長谷部宏の軌跡』を観た。
今回は番組評ということではなくて、この長谷部宏(はせべこう)という人について書いてみたい。はあ、こんな人がいたのか、と感銘を受けたので。
長谷部氏はロックミュージシャンを撮る日本人カメラマンの草分けである。雑誌「MUSIC LIFE」の専属カメラマンとして、ビートルズの写真を初めて撮った日本人であり、ビートルズのアメリカ公演に同行した唯一の日本人カメラマンである。
その後もローリング・ストーンズやT.Rex、クイーン、KISS、ボン・ジョヴィなど、数多くの来日外タレ・ロック・ミュージシャンの写真を撮って「MUSIC LIFE」に掲載され、それが他の雑誌やメディアにも貸し出され、ミュージシャンたちからも信頼されて何枚かのアルバム・ジャケットも手がけた。
80代になってさすがに前線を退いたが、未だに好奇心は旺盛で、久しぶりに舞い込んだ仕事で生まれて初めてデジカメを使ってみたりする。
一般に我々が抱く写真家というのは、芸術家然とした「先生」のイメージであるが、この人は全然違う。
まず、これ見よがしな作家性を主張しない。常に雑誌編集者にどんな写真がほしいのかを訊き、その希望に沿おうとする。
自分が待つのは平気だが、人を待たせるのは大嫌い。ミュージシャンに対してどんなポーズをしろとか、こんなとこを撮らせろなどとは一切言わない。
仕事はやたら早い。トラブルがあっても不平を言うこともなくチャッチャと進める。いい写真が撮れたと思ったら約束した時間が来ていなくても切り上げて終わりにする。
だから、ミュージシャンに好かれる。気を許して普段の姿を撮らせてくれる。いい写真が撮れる。編集者に喜ばれる。
本人は「風景写真なんか撮らせたら、自分は素人に全く敵わない」などと、衒うこともなく言う。
写真学校を卒業して最初に就職したのは近代映画社だった。そこで日本の銀幕のスタアの写真を撮っていた。それから一念発起してパリに移った。
そのパリ時代に「MUSIC LIFE」に請われてビートルズの写真を撮りにアビー・ロード・スタジオに飛んだのがロックフォトグラファーとしての最初のキャリアである。
「自分は映画の最盛期に映画の写真を撮らせてもらい、ロックの最盛期にロックの写真を撮らせてもらった。タイミングがとても良くて幸せだ」などと屈託なく笑う。
そうか、そういう人が、僕も知らないうちに何枚も見てきた写真を撮っていたのか、と非常に深い感銘を受けた。
彼の撮ったフィルムはかなり劣化(特に色褪せ)が進んでいて、それを PC に取り込んでデジタル化し、(多分フォトショップを使って)元の色を再現する作業が進んでいる。
彼はその作業を見ながら PC を操作する若者に言った。
「あんたの仕事と俺の仕事は根本的に違うね。俺たちゃ撮ったらそれで終わりだが、あんたはそこからが長い仕事だ。でも、こんな技術ができてきて、俺としては幸せだよ」と。
幸せな人である。幸せな人の写真が、撮られる人も、雑誌やジャケットを作る人も、そしてそれを見る人も、全ての人間を幸せにするのである。
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