映画『バックコーラスの歌姫たち』
【1月28日特記】 映画『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』を観てきた。観たかったのに見逃したなあ、と思っていたら会社の近くで今週金曜日まで上映していたので。
観て本当に良かった。
インタビューとフッテージで構成した、タイトル通りのドキュメンタリである。アメリカのポップスやロックの名曲をバックで支えてきたコーラスの黒人シンガーたちにスポットを当てている。
僕は音楽もののドキュメンタリで一番大切なことは、音楽というものの素晴らしさを伝えることだと思っている。それがビンビン伝わってきた。魂を揺さぶられた。
冒頭、ブルース・スプリングスティーンが出てきて、彼独特のちょっと偉そうな感じで喋っている。「俺はソロだ。即ち勝者だ。彼女たちはソロになれなかったバックコーラスで、即ち敗者だ」と言わんばかりのトーンで、どうも感心しない。
しかし、彼のインタビュー・シーンははその後何度も使われ、どうであれ彼の言っていることがある程度は正しい気がしてくる。
僕は彼女たちの名前をほとんど知らない。しかし、ローリング・ストーンズの『ギミー・シェルター』で、ミックのバックで、
Rape, murder!
It's just a shot away
と歌っていたウルトラ・ハイトーンの女性だと言われると、ああ、あのものすごい声の人か、と分かる。
ティナ・ターナーと一緒に歌い踊り狂っていた人だと言われれば、そうか、あの中のひとりか、と分かる。
僕が生まれて初めて買った洋楽アルバム『バングラデッシュのコンサート』で、ジョージ・ハリスンのバックで歌っていた人だと言われたら、40年ぶりにあの感動が蘇ってくる。
マイケル・ジャクソンに見出されて『ディス・イズ・イット』で歌ったと聞くと、ああ、あの娘か、と思い当たる。
そして、ふーん、フィル・スペクターって、そんな悪い奴(少なくとも悪く思われている奴)だったのかと、ちょっと驚いたりもする。
映画の中で流れる音楽がどれもこれも震えが来るほどすばらしいハーモニーだ。そして、インタビューで彼女たちがまさに語っているシーンをちゃんと録ってあった過去フィルムがふんだんに流れる。これは本当に素晴らしい。
デヴィッド・バーン、デヴィッド・ボウイ、ミック・ジャガー、レイ・チャールズ、ジョー・コッカー、スティービー・ワンダー、スティングらとのセッションが、涙が出るほど心に触れて来る。
演者、裏方も含めて多くの関係者が語る話がいちいち印象深い。
そして、時たま流れる、彼女たちのうちの誰かがソロで出した曲も素敵だが、やっぱり圧巻なのはハーモニーなのである。
僕はこの映画は、「一生コーラスに留まってソロになれない(あるいはソロとして成功しなかった)歌手にはやはり何か足りないのだ」というようなことを伝える映画ではないと思った。
この映画が伝えようとしているのは、音楽の構造と同じで、単音では音楽にはならないということである。それはハーモニーである。そして、ハーモニーというのは、時として極めて複雑に綾なされている。──この映画が伝えようとしたことは、音楽のそういう構造なのだと思う。
しかし、それにしても『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』という邦題は、一生懸命考えたのだろうなとは思うし、それなりに評価もしないではないが、TWENTY FEET FROM STARDOM という原題の深い含蓄と比べると、如何にも薄っぺらく聞こえてしまうのであった。
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