映画『麦子さんと』
【1月11日特記】 映画『麦子さんと』を観てきた。吉田恵輔監督。
映画は母の遺骨を抱いた麦子(堀北真希)が田舎の駅に降り立つところから始まる。
駅前に停まっていたタクシーを拾って乗るのだが、運転手(温水洋一)がミラーを見て、麦子が昔この村のアイドルだった彩子(さいこ)にそっくりなのに気づいて驚き、そのまま脇見運転をして自転車の警察官を跳ね飛ばしてしまうという衝撃的な(笑)出だしである。
それで事件発生となるかと言えばそうではなく、運転手が顔見知りの警官に「いやあ、ごめんごめん」と駆け寄れば、警官が「ちょっと、勘弁してよ」と立ち上がるという、如何にも吉田恵輔らしいユーモアである。
麦子、運転手、警官の3人をいろんなカメラ・アングルで撮って、とても面白い画になっていたし、このシーンがラストに繋がって行くという、これまたよく考えられた筋運びである。
彩子は麦子の母である。と言っても、小さい頃に自分たちを見捨てて家を出たので、麦子は顔さえ憶えていない。父の死後、麦子は兄の憲男(松田龍平)と2人で、ずっと同じアパートに暮らしている。
その2人のもとに突然彩子(余貴美子)が現れる。経済的に苦しくなったから一緒に住みたいと言う。兄も妹も当然受け入れない。だが、実は母がこの兄妹の生活費をずっと出していたという事実が明るみに出て、結局受け入れざるを得なくなってしまった。
ところが、ちゃらんぽらんな兄はつきあっている彼女と同棲すると言って、すぐに家を出てしまう。そこから母と娘の、お互いに相手への思いはありながら、表面上は何かとぎくしゃくとした生活が始まる。
娘が大事にしていた漫画を棄ててしまうとか、娘宛の郵便物を勝手に開封するとか、描かれている母親があまりにステレオタイプで、この先この母と娘がいずれ折り合うという話ならあまりにありきたりではないか、と心配になったのだが、そこからの転換が良かった。
端折るところを思い切って端折って、彩子は突然死んでしまう。
結局麦子は小さい頃から持っていた「母に棄てられた」という気持ちの延長上にいて、彩子に対する反発を押えられないのであるが、さりとて母と真正面からぶつかり合ったかと言えば、そこまでに至らないうちに突然母は死んでしまったのである。
今度はその不完全燃焼ゆえに、母に対しても自分に対してもわだかまりが残ってしまう。──この脚本はものすごく深いところをテーマにしたものだと、ちょっと感心した。
麦子は母の故郷に納骨に行き、ある行き違いからそこで何日か足止めを食うのだが、その中で田舎町の人気者だった母の青春を追体験して行く。
全般に地味な映画である。そして、劇的なことは何も起こらない。逆に、無理やり何かを大きく仕掛けて盛り上げようとしなかったおかげで、安っぽい臭い映画にならずに済んだ。
ただ、大きな仕掛けのないまま進めると、通常は観ている者を飽きさせるだけである。その代わり、この映画にはあちこちに細かい仕込みがいっぱいあって、それがじんわりと効いてくる。とても良い話である。
そんなには面白くはない、というのが最大の弱みになっている(笑)のだが、とても後口の良い作品であることは確かである。
例によって吉田恵輔と仁志原了の共同脚本なのだが、小さな出来事や台詞を散りばめたり繋げたりしてストーリーを編んで行くのは非常に巧い。ただ、今回もタイトルは巧くない(笑)
余貴美子や松田龍平、温水洋一、麻生祐未ら、巧い役者たちに囲まれて、今回の堀北真希は却々リアリティのある良い演技だった。
僕は今まで彼女の魅力がよく解らなかったのだが、今回はしっかりとその魅力が解った。
パンフで中森明夫が、吉田監督のデビュー作『机のなかみ』を引き合いに出して、彼の「少女を魅力的に描くことに対する異様な執念」について触れている。実は僕も同じ映画を思い出していた。
ヒロインを魅力的に撮るのも監督の実力のうちである。そう言えば、仲里依紗が鮮烈にデビューしたのもこの監督だった。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
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