映画『もらとりあむタマ子』
【12月15日特記】 映画『もらとりあむタマ子』を観てきた。
僕は前田敦子を初めて見た時に「何でこんな娘が?」と思った。それが見ているうちに、彼女が成長したのか、僕の見る目が養われたのかは分からないのだが、だんだん良くなってきた。
そもそも AKB48 にはそういうタイプが多い。
彼女は山下敦弘監督の前作『苦役列車』にも出ていた。これがなかなかだった。
多分制作会社としては「AKB のアイドルを起用して集客に繋げたい」という思いもあったと思うのだが、山下監督はそういうことではなく、前田に役者として期待しているということがひしひしと伝わってきた。そして、彼女もそれに応える、所謂「殻を破った」演技をしたと思う。
そしたら、案の定、山下監督は次の作品であるこの映画にも起用した。しかも、今度は主役である。ところが、これがひどい役なのである(笑)
タマ子(前田敦子)は大学を出て故郷の甲府に帰ってきたものの、食って寝てゲームするだけで何もしない。
就職もしないし、父親の経営するスポーツ用品店「甲府スポーツ」を手伝うでもない。それどころか洗濯も炊事も全部父親にやらせて、ひたすらぐうたらしている。父親にちょっと咎められるとブチ切れて訳の分からん理屈を言ったりもする。
そういう娘が主人公の話だから、ほとんど毎日なにも起こらない。
映画は手描きの「秋」というスーパーとともに始まるのだが、「秋」の間ストーリーはピクリとも動かない。「冬」になってもやはり“いかにも映画らしい”という展開がない(笑) 言わば映画としてのある部分のケレン味を、意識的に放棄しているのである。
いやあ、懐かしい。これは昔の山下敦弘、いや、山下敦弘=向井康介コンビの味だと思った。『ばかのハコ船』『リアリズムの宿』から『松ヶ根乱射事件』に至る辺りの山下敦弘だと思った。
山下敦弘と向井康介は大阪芸大の同期生である。初めから監督や脚本家ではなく、照明などのスタッフとして映画作りに参加しているうちに、コンビを組んで2人でオリジナル作品を撮るようになった。
そして今では山下には原作ものの映画化のオファーが、向井には他の監督作品のオファーが来るようになるという非常にハッピーなその後になっている。この2人が組むのは『マイ・バック・ページ』以来だそうな。
この映画は「ああ、そうそう、昔この2人が組んで撮っていた映画はこんな映画だったなあ」としみじみ思い出せる作風なのである。
友だちの少ないタマ子が唯一口を利く(と言うか、こき使ったりしてる)近所の写真屋の息子である仁(伊東清矢)という中学生が出て来るのだが、こいつがなんかぼけてて、『リンダ リンダ リンダ』の時の松山ケンイチに通じる部分があったりする。
全体におかしいのである。そもそもタマ子が全然魅力的なキャラでないところが良い。
タマ子の父親になっているのが康すおん。名前が珍しいから記憶にあるのだが、顔は憶えていなかった。山下敦弘監督作品の常連だというので、調べてみたら僕も5本ぐらいはこの人の出演作品を見ているのであるが、「ああ、あの役の人か」という印象がない。
そういうやや影の薄い役者がなんとも言えない微妙な演技である。そう、ここでも影が薄い感じ。ぐうたらな娘にすり寄るばかりで一喝することもできない。身勝手な娘は、そういうところが父親のダメなところだと外で嘯いていたりする。
で、離婚している父親が、義妹から女性を紹介してもらったと聞いて、タマ子が俄然反発するなど、多少の盛り上がりはあるのだが、やっぱりあまり事件というほどのことは起こらないうちに映画は終わってしまう。なんという映画だ(笑)
終わってやっぱり思い出すのは『リアリズムの宿』辺りである。
そして、星野源の雰囲気たっぷりの歌をバックに、キャストとスタッフのロールが終わった後、メイキングのなんとも言えない映像が流れる。これが妙におかしい。そして、このおかしさが映画全体のおかしさに通じている。
音楽チャンネルの MUSIC ON! TV のステーションID(15秒と30秒)から発展した映画だと言われると如何にもそんな感じがする。しかし、それを担当したのがなCMクリエーター上がりのポップな監督ではなく、山下であったところがこの映画を面白くした。
山下敦弘ファンにはたまらない作品であったのではないだろうか。
そして前田敦子はこの映画でまた一皮剥けた感がある。同じ AKB出身の大島優子が『闇金ウシジマくん』や『SPEC』で美味しい役を連発して一歩先を進んでいたが、女優としてはデビューが早かった前田がこれで追いついたと言えるのではないか。
次は黒沢清が前田敦子主演で『Seventh Code』という映画を撮っているとか。こちらも楽しみである。
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