ドラマW『チキンレース』
【11月24日特記】 久しぶりにドラマWを観た。昨日録画しておいた『チキンレース』。4K制作された話題の作品である(テレビでの放送は従来の2Kである)。
19歳の時に交通事故に遭いずっと意識不明だった男が、45年ぶりに64歳になって目を覚ます話である。その主人公・飛田譲を演ずるのが寺尾聡。
いきなり目を覚ますところから始めるのかと思うと、そうではなくて暫くは無反応の寝たきり。その動かぬ体の前で繰り広げられるのが看護師の櫻井久美(有村架純)と神谷司(岡田将生)のエピソード。これが結構長い。
神谷が南房総の病院に着任した初日、院内を案内してくれている久美とまだほとんど会話らしい会話もしないうちに、神谷は久美に「やる気があるのか」とどやされる。久美は神谷を最初から色眼鏡で見て、何かと決めつけて、やたらと咎める。
ありそうな話。ありそうな会話。なかなか巧い出だしだ。この時点では久美を完全に憎まれ役にして、神谷の困惑を描く。岡田将生も有村架純も非常に良い。
神谷は代々続く医者一族の落ちこぼれ。医者になれなくて看護師をしている。父(鹿賀丈史)や兄へのコンプレックスがあり、巧く関係が築けない。逃げるようにしてこの病院に来た。
ただ、久美がイライラするのも一理あると思わせるような、おっちょこちょいのお調子者で気が弱くうじうじしている。
で、息を吹き返す飛田は元・不良。交通事故に遭ったというのも、実は清水真理という女友だちの「領有権」を賭けて親友のコウジと車でチキンレースをし、最後までブレーキを踏まなかった結果、海に落ちたというもの。
ヤワな神谷に対してかなりの猛者であるという対比も面白いが、見かけは大人でも心は19歳のままという設定も絶妙である。
飛田は目が覚めてすぐ、自分の容姿の変容ぶりに気がつかないうちに神谷を見て、神谷に「おっさん」と呼びかけ、その後もずっとそう呼び続ける。この辺りも大変巧い本だ。脚本は岡田惠和である。
安物のSFなら目が覚めてすぐに起き上がるのだが、さすがにここではそういう設定にはなっていない。体を起こすまで、ものが掴めるようになるまで、車椅子で動けるようになるまで、立って少し歩けるようになるまで、飛田は神谷との二人三脚を続ける。
そういうシチュエーションも、時間は省略しているが、短いシーンを繋いで繋いで、非常に丁寧に描いている。お互いに憎まれ口をききながら、信頼感が増して行く過程に説得力がある。
さて、身寄りのない飛田の入院費を誰が45年間も払ってきたのかという疑問が残る。無論、話はそれを柱に進んで行くのだが、ドラマ的に考えられる可能性は1つしかないと言っても良いくらいで、本当にその予想通りの展開となる。
それで、後半はその人物に会いに行くために、神谷が飛田を車に乗せて北海道まで行くロードムービーになる。この辺も予想できた展開。
そう、それ以外に神谷と久美の関係とか、神谷と父親の関係とか、そういう辺りも大体予想の範囲内で進んで行く。
唯一のアクセントは、現代の不良(と言っても、今はキャバクラ経営者)の井口(松阪桃李)が伝説の不良・飛田と意気投合するところぐらいであり、展開の意外性で見せるドラマではないのである。
にも関わらず、台詞が良いのと、寺尾聡のジジイのくせに純真という見事な演技によって、非常に良いドラマになっている。突堤や田舎道を画面の縦方向に収めた引きのカットが多用されているのだが、それも非常に美しい。
あとは飛田にとってのかつてのマドンナ・真理を誰が演じるのかと興味津々でドラマの終盤を待ったのだが、これが松坂慶子だった。嵌り役の素晴らしいキャストである。
こんなにハッピーな映画なのに食い足りない気がしないのも僕としては珍しいことである。
監督は『沈まぬ太陽』の若松節朗。カメラは犬童一心監督作品でおなじみの蔦井孝弘。製作クレジットは WOWOW と大映テレビの並列になっている。
心温まる作品となった。
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