映画『ばしゃ馬さんとビッグマウス』
【11月9日特記】 映画『ばしゃ馬さんとビッグマウス』を観てきた。
吉田恵輔は好きな監督である。ここまで『机のなかみ』『純喫茶磯辺』『さんかく』を観てきた。通常「劇場用映画」と呼ばれている単独作品は全部観ていることになる。
一番有名なのは仲里依紗を世に出した『純喫茶磯辺』だが、この中では特に『さんかく』が切れ味鋭い映画で、僕自身もその年のトップ20位内に推したし、キネ旬でも第21位にランクされた。
脚本も書く人で、上滑りする会話、間の悪さ、といったものを描くのが非常に巧い人だと思うのだが、如何せんいつもタイトルが今イチ。キャッチーでもないし深みもない。特に今回のタイトルはひどいと思う。
そのタイトルのひどさと、僕が麻生久美子を好きではない(吉田監督はお気に入りのようだが)ということもあって、今作は観るのをやめようかと思ったが、やっぱり観ることにした。
脚本家志望の男女の話である。
「ばしゃ馬」は馬淵みち代(麻生久美子)、34歳。もう10年以上がむしゃらに脚本を書き続けて、コンテストでは落ち続けている。長い間芽が出ない焦りもあるし、女性としての年齢的な焦りもある。でも、性格的にがむしゃらに書き続けることしかできない。
チャンスを掴むために、監督やプロデューサーに会えるかもしれないというだけでレベルの低いシナリオ・スクールに通い、コンパにも行き、取材のためにボランティアもやる。
一方、「ビッグマウス」は天童善美(関ジャニ∞の安田章大)、28歳、関西人。口ばっかりのちゃらんぽらん。脳天気なほどの自信家。他人の作品は偉そうに批評するが、自分ではまだ1作も書き上げたことがない。
この2人がシナリオ・スクールで出会う。天童は最初からみち代に魅かれる。しかし、みち代は興味なし。と言うか、天童に興味がないのも確かだが、目下のところシナリオを書くこと以外には興味がないのである。
上にも書いたように、吉田恵輔はダメな奴らのダメな会話を書くのがうまい人で(今回も脚本は盟友・仁志原了との共同)、噛み合わないやりとりで観客を笑わせながら、ああ、こういう感じあるよな、と納得させてくれる。
そして、細かくカットを割らずに長めに回して(あるいは2カメを切り替えながら芝居を止めずに)役者の演技をしっかりと見せてくれる。それが見事に功を奏してみんな良い演技をしている。
特にみち代が元カレの松尾(岡田義徳)のアパートの部屋に上がり込んだシーンはとても長いワンシーン・ワンカットで、焼けぼっくいに火がつくかと思われたこのシーンの終わり方がまた何とも言えず侘しい。いやあ、分かるなあ、こういうの。
で、中盤を過ぎたあたりから気になり始めたのは、この映画は一体どうやって終わるのだろう?ということ。
2人とも今まで全然ダメだったのに、いきなり賞に入選しました、というのでは嘘っぽいし、しかし、そうでもしなければストーリー的にケリがつかない。少なくとも登場人物の心に何か踏ん切りのつくような事件が必要になってくる。
どうするんだろ?と思っていたら、そこは却々巧い収め方をした。
まあ、圧倒的な感動とか、深い感銘というようなところに持って行ける話ではないので、小粒な映画という感じはするが、この監督はいつもダメな人間のダメなところをフェアに描いていて小気味よい、と僕は思う。
観客はまあそこそこの入りだったが、若い女性が95%以上。と言うか、安田章大のファンと思しき人以外はほとんどいなかった。これはとても勿体ない。
最後のほうに天童の母親役で秋野暢子が出て来るのだが、2人のこなれた大阪弁を聞いているとこれまた非常に小気味が良い。秋野暢子の役がこれまた小気味の良い役で、いつもダメな人間を描きながら、こういうところに小さな救いを持ってきている。
今回も良い映画だったと思う。
次回は初めてオリジナル脚本ではなく、原作モノを撮るようだ。今から楽しみである。
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