岩谷時子さんを偲ぶ
【10月28日特記】 作詞家の岩谷時子さんが亡くなった。天才的な作詞家だったと思う。
凝った比喩を持ち出す人ではなかった。どこにでもある、何気ない表現で、人をドキッとさせる人だった。それは多分、静かで確かな観察眼に裏打ちされていたのではないかと思う。
ザ・ピーナッツの『ふりむかないで』。女の子が靴下の乱れを直している──ただそれだけで歌になるのだ、ということを教えてくれたのが岩谷さんだった。この歌を聴いていると本当に屈んで靴下に手をやっている少女の姿を彷彿するのである。
そうかと思うと、加山雄三の一連のヒット曲では、ちょっと鼻につく気取った表現を並べ立てて、歌っている加山自身を照れさせたりもする。かと思うと、岸洋子の『夜明けのうた』のようなミュージカル的な大作もある。
今日まで知らなかったのだが、この人のキャリアのスタートは宝塚歌劇団だったとか。いや、タカラジェンヌではない。機関誌の編集者である。
そう言われると、その感じはよく解る。とても女性的な柔らかさと、ダイナミックな演劇的展開力を持っている。
そして、越路吹雪と出会い、意気投合し、ともに宝塚を辞めたと言う。
越路吹雪とのコンビで言うと、『愛の讃歌』や『サン・トワ・マミー』などの外国曲の訳詞の数々をまず挙げるべきなのだろうけど、僕が凄いと思うのは『誰もいない海』である。
一見、秋の静かな海の風景を歌った歌のようでいて、最後まで聴くと不意に、恋に敗れた主人公はさっきまで自殺を考えていたのだということが判る。そんな風に僕らをギクッとさせる作詞家だった。切ない思いを知っている人だった。
それが例えば佐良直美の『いいじゃないの幸せならば』に繋がった。一方でピンキーとキラーズの『恋の季節』のような燃え上がる情熱も歌った。
郷ひろみにもたくさん良い曲を書いている。とりわけ僕が好きなのが『小さな体験』。「どうしてそんなにきれいになるの ぼくだけの君でいてほしいのに」という出だしも却々のものだが、しかし、僕がこれは書けないなと思うのは、
初めて二人が会ったコーヒーショップにカナリアがいたね
どうして君は一人でストロー噛んでたの
というサビである。こういう絵になる歌詞が書ける人だった。そして、それは恐らく彼女の観察眼と感受性のなせる技だと思う。
最後に挙げたいのは、この歌を作曲した宮川泰さんが亡くなった時にも僕が取り上げた歌──『君をのせて』(沢田研二)である。
君の心ふさぐときには粋な粋な歌をうたい
ああ、君をのせて夜の海を渡る舟になろう
僕もそういう人でありたいと思う。そして、こういうたおやかな表現ができる人でありたいと思う。ありがとう岩谷さん。
Comments
以前舞台「越路吹雪物語」をみました。
越路さんとの出会いが無かったら
岩谷時子さんは作詞家の道に
進んでいなかったかも知れません。
ご紹介の『君をのせて』私も大変好きです。
一音一音に言葉が乗っている曲は
歌詞カードを確認せずとも歌手が朗読しながら
歌ってくれている。
Posted by: バイロン | Tuesday, October 29, 2013 00:58