『三文未来の家庭訪問』庄司創(漫画評)
【8月17日特記】 4/17の記事でもう1作 Kindle Fire に落としてあると書いた『三文未来の家庭訪問』を、『ソラニン』を読み終えた勢いで一気に読みきってしまった。
ものすごく深い。結局もう一度読まないとなんだか解らないところがあって、最初から最後まで読み返してしまった。
僕はこの作品を何で知ったのかもう思い出せない。庄司創という作家が漫画界にあってどれほどの地位にいるのか、この作品がどのくらい評価され人気があるのか全く知らないのだが、なんだか引き込まれてしまった。
面白かったのは表題作よりも、最初に収められている『辺獄にて』である。中年男・鹿毛が電車の中で心筋梗塞を起こす。気がついたらどこだかわからない近代的な施設の中にいる。そして、職場で目をかけてやっているバイトの女性・日滝が出迎える。
ところが、この女性は日滝ではなく、鹿毛が一番心を許している存在に化身した宇宙生命体で、これから鹿毛の脳に10のマイナス27乗秒ごとに情報を伝達して、鹿毛の残り数十秒の精神活動を千年に引き延ばし、人生を完結させると言う。
そのために鹿毛は自分の人生をスキャンされる。そして、生きている間に行った善行と罪によって分類され、天国から地獄まで何百層もある世界のどこかに送られる。その判定は厳しく、大抵の人は地獄のどこかに落とされるのであるが、宇宙生命体はその苦痛とシンクロするためにこの施設を作ったという気宇壮大な物語である。
そして、そんな頭がくらくらするような設定の中に、孤児院で育った過去を持ち、努力して普通の会社に就職し、結婚もしたが、ある日理由も分からずに離婚を迫られ、今では会社での地位も上がり気楽な独身生活を楽しんでいたところに、ふいに現れた日滝に何故か心を許してしまうという物語が縫うように収められている。
この展開は本当に見事である。
表題作の『三文未来の家庭訪問』もこれまたべらぼうな設定である。
集団生活を送りながら、遺伝子操作をして、女の人と結婚して子供を産むことができる女性のような男性を作る WOLVS という団体から強制的に引き離された家族の長男(見かけは女)リタと、海外に理想都市を作って移住しようという「増設社会運動」に取り組むうちに次第にカルト宗教っぽくなってしまった「彼方建設」という団体に所属する家の娘マキとの物語である。
そして、それらの家庭を訪問して、彼らが将来払う税金の多寡によって収入が変わってくる「家庭相談員」のカノセが狂言回しとなる。
これだけの設定が頭に入るまでに随分時間がかかったのだが、それにしてもよくもまあこんな設定を思いつくなあという感じ。これも2回読んで漸く文意を掴めるところにまで至った。
ともかくそういう漫画を書く人なのである。
もう1作収められている『パンサラッサ連れ行く』なんぞはなんと5億年前の古太平洋の海底が舞台で、人の形に姿を変えた水棲動物の精たちの争いについて描いた物語で、これはもう寓話としか言いようがない。
ともかくこれほど脳に刺激を与えてくれる漫画にはめったにお目にかかれるものではない。貴重なものを読ませてもらったという思いがある。
圧倒的な絵の巧さがあるわけではないのだが、どこか心に引っ掛かる絵を描く人である。
漫画というものがこれだけのクオリティを保っているのは、日本を措いて他にないだろうと改めて思った次第である。
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